籠の鳥



彼の視線の先で、小さな子供がトナカイの隣で丸くなって眠っている。緑色の髪という珍しい容姿を持ったその少年が、彼の乗る船にやってきたのは、つい最近のことだ。彼は、今一緒に寝ているトナカイともう一人の少女と共にやってきたのだが、視線の先の二人はそれはそれは珍しい生き物で、緑の方は伝説級の生き物だった。
「二人とも、寝てるの?」
 眺めていた後ろから声が掛かり、振り返ると、オレンジ色の髪の少女が彼の肩越しに、甲板で眠っている二人を見て、笑みを浮かべた。
「ナミさん、休憩ですか?」
 彼女は、眠っている二人と共にこの船に来てから、この船にそれを専門とする人間がいなかったことが不思議だと言わしめた、航海士という役目についた。お陰で、船が嵐に巻き込まれることも減り、皆、彼女の乗船を決意させた同行者達を、褒め称えたものだ。
「少しね。」
「お茶でも、用意しましょうか。」
 問いかければ、彼女はにこりと笑って頷いた。
「有難う。サンジ君のお陰で、いつも美味しいものが食べられて、嬉しいわ。」
「そう言ってくれると、用意のし甲斐があるよ。」
 サンジは、この船の戦闘員でもある、コックだ。彼の機嫌を損ねると、この船では食事にありつけないという、重要な立場にいる人物でもある。
 そんなサンジは、男は女性に奉仕すべきである。という信念の下、あからさまな程に、女性への扱いをその他とはっきりと分けている。
 この船の上で言うならば、最近仲間になったナミと、考古学者でもあるロビンとが、彼の奉仕するべき相手となっているため、ナミが休憩をしているのならば、ナミの為に飲み物や食べるものを用意するのは、彼には当然の事。眠っている謎の生物達をのんびり眺めている場合ではない。
「チョッパーも、ゾロも、そう言ってたわ。」
「そうなの?」
 女性達を何より優先し、他のものなど放り出して当然なのに、その名前が出ると、どうしても気になって仕方がない。今も、ナミが声を掛けなかったら、サンジはそこへ近寄ろうと思っていたのだから。
「村には、色んな料理の作れる人はいなかったから。」
 サンジの後についてキッチンへ向かいながら、ナミは気持ち良さそうに眠っている二人の姿に、ほっと息をついた。
 彼らは、ナミが連れて来てしまったようなものだ。もし、この船で辛い事があったらどうしようかと思っていたが、二人はああしてのんびり時間を過ごしている。それが、嬉しかった。
 今も、サンジが二人をじっと見詰めていたから、思わず声を掛けてしまったけれど、彼が二人に危害を加える事がないとは、わかっているのだ。ただ、それでも心配になってしまうのは、まだこの船に乗って間がないからだと思う。
「ナミさん、何を飲む?」
「何ができるの?」
 言えばなんでも作れるのは、船を下りて街にいる間のことで、船にいる間は、街を離れて時間が経つにつれて、自由も利かなくなる事を、ナミも覚えた。この料理人が、自分の望みをかなえられないことで表情を曇らせるのは見たくはなかった。
「好きなものを言ってくれていいよ。」
「じゃぁ、冷たいものがいいわ。」
 この辺りは気候もよくて、昼間には幾らか暑くなる。船室でこの辺りの海図を調べていたナミも、海風にでもあたれば、少しは涼しくなるかと思って出てきたのだ。それよりも、冷たいものでも飲めば、ずっと涼しくなれるはずだと思う。
「では、少々、お待ち下さい。」
 にこりと笑うサンジに、甲板に用意されたデッキチェアを示されて、ナミは笑みを浮かべて頷いた。
 彼は、驚くほど優しい。村でも、ナミは大切に扱われてきた。でも、こういものではなかった。
 サンジがナミに優しいのは、ナミが女だからだという理由が半分位を占める。ナミに何が出来るかは、サンジの中でそれ程大きな意味を持たない。出来ることを褒めてくれて、尊敬の目を向けてくれるけれど、きっと、それがなくても彼は変わらないと思う。この船に乗る誰もが、そんな雰囲気を持っていることが嬉しい。だから、二人にも、この船は優しいと思う。
 彼らに会ってから、まだ一月も経っていないけれど、彼らに会えて、良かったと本当に思える人たちだった。

 
 


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