後始末として、船長にこの島ではもう略奪行為を行わないと約束させ、怪我人満載の状態でも、慌てた様に出港する船を見送って、4人がぼんやりし始めた頃やっと、ゾロは姿を見せた。
「今から、村まで来てくれるか?」
ゾロは、先程チョッパーの背に乗っていた小さな子供の姿のままで、彼らは是非もない事と、頷いてゾロの後についてその村を訪れた。
村は、彼らが想像していたよりも広く、畑や牧場らしきものも存在しており、彼らが自給自足で生活していることが見て取れ、それが以外に豊かであることも、村人達の姿を見ればよくわかった。
4人はまず、村の入り口で村長の迎えを受け、ゾロはそこで姿を消した。その後、村長の家へ招かれ、姿を見せたナミとその母に礼を言われ、宴までの時間を、彼女達と旅の話などをして過ごした。ナミはもちろん、彼女の母親も楽しげに話を聞いたが、ナミの姉はどこか落ち着かないような表情でナミを見ていたが、誰も、その理由を聞こうとはしなかった。聞かなくても、彼女の言いたい事は、わかりきっていた。
夜になって準備の整った宴は、思いの外に華やかで、並べられた料理や酒を堪能する中、サンジはゾロが姿を現さないことを不審に思い、丁度姿を見せたチョッパーに、その理由を問いかけた。
「ゾロは、本当は、あんまり外に出ちゃいけないんだ。」
「さっきは、出てきてたじゃねぇか。」
さっきは良くて、今はいけないなんて、そんなおかしな話が通るのか、とサンジは思ったが、チョッパーが声を落として答えていることを考えると、ゾロのことを話題にすることすら、本当は控えるべきなのだろうと思って、納得できないながらも、それ以上の問いは控えることにする。
「今日はもう出てこないと思うよ。」
チョッパーは不服そうなサンジにそう言い、小走りにナミの元へ走っていった。
なんとなく、それが残念なような気分になり、サンジは自分の心境に首を傾げ、調子でも悪いのかと問いかけるウソップに、首を振ってキノコの料理を勧めてやった。
宴は夜遅くまで続き、村に宿泊することを進められた彼らは、有難くその勧めに従い、次の朝ルフィは早速、村長に船の修理の為の木材の調達を願い出て、村長はそれを了承し、木を切り出して船へ運ぶことを約束した。
ウソップは、村の中を歩き回り、珍しい道具などがないかと家々を訪ね、ロビンは村の古老と呼ばれる人物から、彼らの知る伝説などを聞き取っていた。
そして、サンジは、ぼんやりと村を歩き回ってから、森まで足を伸ばした。なんとなく、そちらに何かがありそうな気がしたのだ。
そして、森をうろついていたサンジは、甲高い二つの声を聞き取り、そちらへ足を向けた。
少し木々の開けた場所に、チョッパーとゾロの姿を見つけて、サンジは呆然とそれを見上げた。
「サンジ! 見てくれ! 飛んでるだろ!」
サンジを見つけて、興奮気味に大きく手を振るチョッパーは、ゾロの腕に抱えられてふわふわと宙を舞っている。と言っても、周りの木の高さよりも低い位置で、飛んでいると言うよりは、浮いていると言うべき状況だったが。
「何してんだ?」
「偵察部隊の訓練だ!」
空が飛べれば、海まで偵察にいけるからな、とチョッパーは答える。
そのチョッパーを抱えている小さなゾロの背中には、小さな羽根が生えていて、それが必死に羽ばたいているのだが、如何せん、二人分を支えるには力がないのだろう。その内落ちてくるのではないかと、サンジはどうにも心配になってしまい、彼らの足元へ近寄った。
「その羽根、小さすぎるんじゃねぇか?」
問いかけると、ゾロとチョッパーは顔を見合わせて、サンジの前へ降りてきた。
「じゃぁ、どれくらいがいいんだ?」
ゾロは問いかけて、見せろと、手の差し伸べた。
「見せろって?」
「思い浮かべればいい。」
そう言えば、そうやって形を変えられるのだったと、昨日それに手を貸した事実を思い出して、サンジは頭の中に翼を思い浮かべて、手を振り払われた。
「部分じゃなくて、全部だ。」
「…難しい事言いやがるな。」
先程のゾロの姿を思い浮かべてから、その羽根の大きさを一回り大きくイメージしてみる。
「サンジ、なんか、ゾロも大きくなってる。」
「それは、別にいいが、なんか細くねぇか?」
ゾロとチョッパーはサンジのイメージを受けて姿を変えるゾロを見て、批評を加える。
「いきなり考えろって言われて、そうそう上手くいくかよ。」
サンジは目の前のゾロに訂正を加え、ゾロはその度にゆらゆらと姿を変える。
「あ、俺もなんとなくわかってきた。」
チョッパーも途中からゾロの手を取り、二人掛かりでゾロの形を整え、ゾロは何とも落ち着かない気分でそれを待った。
「これでどうだ!」
満足そうにサンジが声を上げ、チョッパーも深く頷く。
小さなままのゾロの背中には、身長よりも大きい緑色の鳥の翼ができあがっている。さっきまでの、小さな翼よりもずっと、飛べるだろうと思えるだけの力強さを感じる翼だった。
「じゃ、そのイメージ崩すなよ。」
自分の背中を首をひねって確認してから、ゾロは言い、チョッパーを抱えると、翼を動かした。
「ぅおっ!」
チョッパーは、勢い良く浮かび上がったことに声を上げて、不安そうな表情を浮かべてサンジを見下ろす。
「なんか、いい感じだ。」
ゾロは、先程よりも簡単に浮き上がったことに驚き、サンジに手を振ってみる。サンジはその二人の性格が表れている反応を笑いながら見上げ、手を振り返す。
「チョッパー、このままナミの所に行くぞ。」
「驚かしてやろう!」
ゾロの提案にチョッパーは大きく頷いて賛同し、二人はサンジに手を振って、村へ向かって移動を始める。
「もっと、早く飛ぶにはどうすりゃいいんだ?」
これじゃ、走ったほうが速いかもしれない、と思ったゾロはチョッパーに問いかけ、チョッパーは早く飛ぶ鳥を思い出して、翼の形のイメージを作りかえてみる。
ゾロは、自由に姿を変えられるけれど、自力で姿を変えることができない。それが、制約と言うものだと、ゾロは以前にチョッパーに話したことがある。
村の人間には秘密だけれど、と前置きして、ゾロは森を枯らすこともできるし、一日で種から成木を作り上げることができるとも言った。でもそれは、ゾロにも負担を与えることで、それが、力を使う際の制約だと。
何事にも、決まりが存在して、それに逆らえば、それ相応の代償を払わなくてはならない。森が育つことは自然な流れで、その中の木々が年老いて枯れていくことも自然の流れだ。それを無理に捻じ曲げれば、それには必ず何らかの代償を求められる。
村の人間達の先祖は、嘗て砂漠の中に森を作らせる事に成功した。その奇跡を見て、人々はその村に押しかけ、その秘密を探ろうとし、彼らは秘密を守るために、その森を去った。海を渡り、この島に辿り着く前にも、彼らは新しい森を作り、人に見つけられるとそこを離れ、移動を繰り返した。
その途中で見つけられたのがくいなで、ゾロはこの島で見つけられた。彼らは、そういうものを見つけて、自分達のものにする手段を考え付いたのだ。
彼らはそうして人から隠れ暮らすことになった。得たものを失わない為に、他の人々とその恩恵を分かち合おうとはしなかったからだ。
それは、その道を選んだ彼らが払うべき代償であるはずなのに、彼らの子孫にまで引き継がれているのだと、ゾロは先生から聞いたと言って話してくれた。
だから、ゾロはナミが可哀想だと言う。そんな何代前かもわからない先祖の都合を押し付けられて、今でも家に押し込められているから。だから、ゾロはナミが呼べば出てくるし、無茶も聞いてやるのだと、チョッパーが思っている。
「もし、これで遠くの島まで飛んで行けたら、ナミも自由になれるかもしれないな。」
「そうだな。」
チョッパーの言葉にゾロは同意したけれど、その声は少し沈んでいるように聞こえた。
滑空するように村の上を飛び、ゾロとチョッパーはナミの部屋の前で滞空し、チョッパーが窓を叩く。
「ナミ、ナミ!」
聞こえるはずのない場所からの声に驚いたように、勢い良く窓が開いて、ナミが息を飲むのを見て、二人は顔を見合わせて笑った。
「すげぇだろ。飛べるんだ。サンジも手伝ってくれたんだぞ。」
「凄いじゃない!」
ナミが手を伸ばしてくるのに、チョッパーを預けて、ゾロは窓枠に腰を下ろす。
「触ってもいい?」
ナミが起きていて、傍にいるのに、もうゾロは殆ど影響を受けなくて、それだけで、ナミが何かを心に決めたことを、ゾロは理解する。
「ああ。」
今回の騒ぎで、ナミはきっと怖い思いをしただろうに、一言も泣き言を言わなかった。自分がした事がきっかけだから、誰に文句を言っても始まらないし、自業自得だと言われて当然だと、理解しているのだろうと思う。
「ゾロにも、チョッパーにも、心配掛けちゃったわね。」
「ナミが気にすることなんか全然ないぞ!」
「勝手にしただけだしな。」
チョッパーとゾロはそう答え、ゾロの羽根に触りながら、ナミは苦笑を浮かべる。
「ルフィに、船に乗せてくれって、言うつもりだったの。船が壊れてるから、直ぐには出て行けないのはわかってたけど、直ぐに言わなくちゃ、言えなくなると思って。」
でも、失敗しちゃったわ。とナミは笑い、チョッパーは、じっとナミを見上げる。
「俺を、置いて行くつもりだったのか?」
チョッパーは、彼を置いて死んでしまったドクターから、ナミの事を頼まれてから、ずっと傍にいる。ドクターの言いつけがあるのはもちろん、ナミ自身が好きだから傍にいるのだ。ナミがいないなら、チョッパーはこの島にいる理由の殆どは消え去る。それに、ほんの数日の付き合いだけれど、ルフィたちといるのは、チョッパーには居心地がよかった。チョッパーが変身しても、彼らはあまり驚かなかった。だから、ナミが彼らと行くというのなら、置いていかれるなんて、あんまりだと思う。
「ごめん。自分のことで手一杯だったの。」
相談したら、反対されるかもしれないと思ったから、チョッパーにだって、ゾロにだって言えなかった。
今ならば、彼らはナミを助けるために一緒に戦ってくれたから、二人は賛成してくれるだろうけれど、あの時、二人が同意してくれた可能性は低かったはずだ。
他の誰かに反対されるのならばまだしも、この二人に反対されては、きっと何もできなくなってしまうと思った。その半面で、二人が賛成してくれたら、何だってできるような気がした。どうしようか迷って、結局ナミは一人で家を抜け出し、森の中で、あの船のクルー達に見つかり、抵抗する間もなく、気を失ってしまったのだ。
「……まだ、ルフィたちと行くつもりか?」
チョッパーは置いていかれる不安を見せたまま、ナミにそう問いかけた。
「行きたいわ。」
でも、行けないかもしれない。ナミは小さな声で呟き、それを聞いて、ゾロは窓枠を蹴って空に飛び出した。
「あいつら帰るまでに、ちゃんと、考えとけ。」
驚いた顔のナミとチョッパーを置いたまま、ゾロは覚えた気配を辿って、村の上を移動して、地面に降り立った。
ナミを初めて見かけた時から十日後、ナミを助けてから八日後の朝に、船の修理を終えて海に出るルフィ達を見送るために、ナミはチョッパーとゾロを連れて、船まで来ていた。
連れて行ってほしいと言い出す機会は、何度もあった。ゾロは切り出す木を指示したり、船の修理を手伝うために、チョッパーを連れてよく船を訪れていたから、ナミは彼らの様子を見に行くという口実で、船を訪れる事も、止められたりはしなかった。
村にとっては、大切なナミを取り返してくれたルフィたちは、恩人という事にもなるのだ。この島にいる間であれば、いっそ、彼らと共にいた方が、安全ではないかと言う者もいたらしい。
そうして、何度か船を訪れ、ルフィたちと話をしても、ナミはそれを言い出すことができなかった。チョッパーもゾロも、彼等にすっかり溶け込んでいるようにも見えて、それを羨ましく思いもしたのに、自分がそこへ一歩踏み込んでいく勇気が、なかなか持てずにいたのだ。
そして、ルフィは時々じっとナミを見つめることはあったけれど、結局何も聞いてくれなかった。もし、ルフィがこの先の事を聞いてくれたら、自分はそれを頼めたに違いなかったのにと、船の上からこちらを見ているルフィを見て、ナミは思う。
「じゃぁな!」
じっと黙ったまま船の上を見上げているナミに、ルフィは明るい声でそう言って手を振った。もう少し待っていたら、ナミは何かを言い出すかと思って待ったけれど、これ以上待っても、ナミは何もいえないだろうと思ったのだ。
「行くのか?」
ルフィが出向の合図を出すのを見て、隣に立っていたサンジが問いかける。
「仕方ねぇだろ。」
ナミが何も言わねぇんだから。とルフィは言い、サンジはこちらを見上げたままのナミを見て、その横にいるゾロに目をやる。
「だけど。」
「ゾロだって、ナミが行きたいって言ったら、って言ってただろ。」
ルフィはサンジの言葉を遮り、サンジはその言葉にため息をついた。
ゾロは、彼らが村に来た次の日、サンジの前から飛んで行った後で、ルフィのところへ来たのだ。
「ナミが船に乗りたいと言ったら、乗せてくれるか?」
丁度、サンジが村まで戻ってきてルフィと顔を合わせたところで、サンジもその質問をルフィと一緒に聞いた。
「ナミがそう言うなら、いいぞ。」
ルフィはあっさりとそう答え、ゾロは少し驚いたようだったが、頷いてから、言い添えた。
「でも、これは俺が勝手に聞きに来ただけだから、ナミが自分で言ったら、って事にしてくれ。」
「なんだ。乗りたいって言ったんじゃないのか?」
ルフィは少し残念そうに言い、ゾロは首を横に振った。
「お前と一緒に行きたいとは言った。けど、昨日ので諦めかけてるとこもある。」
だから、お前が誘うと、ナミは後悔するかもしれない。とゾロは言い、ルフィはそれに頷いた。
ルフィは、今、船に乗っている仲間達を選んだ時も、最後には、当人の意志を最優先にしようと思っていた。いつか、辛い目にあったり、大変なことがあった時に、ルフィが誘ったから来たのだと言われるのは、ルフィの本意ではない。
ルフィは自分の船に乗る仲間は自分で選ぶ。乗りたいと自分から言い出す酔狂な者はいなかったが、いたとしても、ちゃんと選んだと思う。自分の考えに同意して、自分がその考えを認められる相手でないと、きっとうまく船は動かないと思うから。
その点で言うならば、ナミは勿論、ゾロもチョッパーも、文句なしに誘いたい相手だ。誘いたいけれど、ゾロも言ったように、彼らの事情はどうにも難しいことだと思うから、誘いを掛けることは、躊躇われたのだ。
「俺も、来たいって言う奴を乗せたいしな。」
お前らだったら、歓迎するぞ。とルフィは軽く言い置いて、走って逗留地である村長の家へ走っていった。
「お前は、どうするの?」
その場に残ったサンジがそう問いかけると、ゾロは驚いたようにサンジを見返し、首を傾げた。
「どうって?」
「ナミさんは、一緒に来るかもしれねぇんだろ? お前は、その時一緒に来るのか?」
何となく、別れがたいような気がして問いかけると、ゾロは不思議そうな顔でサンジを見上げ、苦笑を浮かべた。
「俺は、ナミの事、ずっと心配してた。あいつは、ちょっと特別な家に生まれて、自由に家の外に出ちゃならねぇって言われて育ってきたんだ。そのナミが、お前ら見かけて、ルフィに会って話して、島を出たいって言った。俺らに言う前に、行動した。こんなの、初めての事なんだ。この先、お前らといたら、あいつはどんどん変わってくんじゃねぇかって思う。それを、確かめたい気はする。」
ゾロは、どこか幸せそうな笑みを浮かべてナミを語り、それでも最後には小さくため息を突いた。
「チョッパーは、ナミの傍にいると思う。ナミが行くって言やぁ、着いていくと思う。あいつは人間に酷い目に合わされてるし、この村でも、ちょっと立場が微妙だから、残ってるのも辛いと思う。」
「お前は?」
聞きたいのはそんな事じゃないと、先を促せば、ゾロは苦笑を浮かべた。
「俺も、ナミとあんまり変わんねぇ。」
小さな子供が話すには、相変わらずの違和感で、サンジは手を伸ばして、ゾロに触れる。小さな子供が話すにしては、それは苦味のある話でもあったから。
「何だ?」
「その姿さ、あんた、ホントは好きじゃないだろ。」
怪訝そうに問われたから言えば、ゾロは驚きの表情を浮かべて、サンジを見返す。
「俺さ、昨日のあれ、好きだな。」
さっき、森の中でしたように、昨日のゾロの姿を思い浮かべると、ゾロの姿は揺らいで、ナミの作り出すような優しげな雰囲気ではなく、きつい目をした青年ができあがる。
「…なんだよ。突然。」
「その話し方もさ、こっちに合うだろ?」
そう言えば、ゾロは困ったような顔をして、小さく頷いた。
「子供なのは、なんで?」
自分の気持ちを答えないなら、答えずにはいられないようにすればいい。そう思って、質問をぶつければ、ゾロは諦めたように息をついて、道端の木の下に腰を下ろし、サンジはそれを追いかけて、隣へ座った。
「子供は、一人で遠くに行かねぇだろ。」
ゾロは苦笑を浮かべ、サンジはその言葉の意味することを理解する。
ナミを家から出さないようにしている彼らは、ゾロにも同じように、ここから出さないように何かをしているのだ。
「ナミは、ずっと、外に出たいって、願ってた。俺も、ずっと、外に出たいと思ってた。俺らの家は、玄関がなくて、窓も開かない。そんなの、俺らにはなくたって構わねぇけど、閉じ込められてるってのはわかるから、あんまり愉快なことじゃねぇ。」
ゾロは手を持ち上げて、村の真ん中の家を指差す。その家の前を通った時、サンジはそこは誰も住まない家だとろうと思ったのを思い出す。
人の気配がないだけじゃなく、他の家と同じ外観を持ちながら、その家の玄関は、何かで塗り込められていたから。
「村の真ん中に、他の家で囲むように家を建てて、俺らを中に入れて、玄関を塞ぐ。それが、ここの人間の使う、俺らを手にいれる方法。」
「そんな!」
それでは、動物をどこかで捕まえてきて、檻に閉じ込めたままで飼うのと同じだ。ゾロはこうして言葉も話すし、いくらでも、意志の疎通を図って、傍にいてもらうことはできるはずなのに、とんでもない話だ。
「先生やくいなは、仕方ないって言う。村の人間には、自分達がいないと、もう駄目だから。って。でも、俺はそんなのに納得できなかった。そんな時に、ナミの声が聞こえて、俺は、塞がれた玄関を抜ける方法を覚えた。」
村の人間は大騒ぎだった。とゾロは笑い、その笑みがどこか苦く悲しそうで、サンジはため息をもらした。
「俺もナミも、閉じ込められて、鬱屈してた。だから、俺はナミに凄く影響されるようになったんだと思う。ナミだけが、俺が成長するのをイメージしたのは、村の人間の考えを知ってたかもしれないし、自分と同じ生き物だと思ってたからかもしれない。」
でも、と呟いて、ゾロはため息をついた。
「俺は、人間じゃねぇから、村の人間は、俺の行動を咎められない。出て行かれると困るから。だから俺は、ナミやチョッパーが呼べば出て行けた。でも、ナミは特別な知識を持ってるだけだから、俺が連れ出すって形じゃねぇと、外にも出られなかった。俺の方がまだましだと思ってたと思う。」
似たようなものがいるだけ、余計に辛いかも知れねぇ。とゾロは呟き、苦笑を浮かべてサンジを見た。
「この村にいるのは、息が詰まる。でも、俺は、この森で生まれたから、ここを離れるのも、結構辛い。ナミに着いていくのも、余計な負担になるかも知れねぇとも思う。」
「でも、お前だって、ここから自由になりたいんだろう?」
子供の姿に似合わない口調で話して、サンジが差し出したイメージをゾロは振り払わなかった。それは、ゾロが今を変えたがっているという事だと、サンジは思う。
「ナミさんは、お前らが着いてきたら、自分が連れてきちまったと思って、後悔する事もあるかもしれねぇ。けど、そんな理由でここに残ったら、お前こそ、後悔するんだろう?」
何で自分は、ゾロにこんな事を聞いたのだろうと考えて、サンジは昨日、ゾロを庇いに走ったことを思い出す。
ロビンに言われるまで、いつもの自分とはまるで違うと気付きもしなかった。子供だと思っていたから、心配だったのだと答えを作ったけれど、そんなものではなかったろうと、今ならわかる。
アンバランスな子供だと思った。姿と口調と行動がちぐはぐで、何とも不思議な生き物だった。でも、そんな事だけで、自分が斬られるかもしれないところに駆け込むはずはない。
自分が守るのだと思ったのだ。あれは、そういう存在なのだと思ったのだ。船の上で会った時にそう思ったから、理由をつけて、着いて行ったのだ。
ロビンはきっと、それを恋愛感情だと思っているのだろうけれど、そうとは言い切れない。だけれど、何らかの情はあると思う。執着とまでは言わないけれど、傍に置いておきたいとは思う。
「……しないとは、言い切れねぇな。」
「だったら、とりあえず、来たら?」
お前は飛べるんだし、戻りたくなったら、いつでも戻れるんだろう。とサンジは言い、ゾロはその言葉を聞いて、苦笑を浮かべる。
「逃げ道残して行動するのは、俺の性分じゃねぇ。」
「じゃ、いいじゃん。後悔しないように、行動すれば。」
サンジの言葉に、ゾロは戸惑うように、サンジを見返した。さっきから、サンジは必死の表情で自分を誘っているけれど、ほんの数日前に会ったばかりのゾロを、こんなに必死に誘う理由なんて、考え付かない。
ゾロは確かに、人間ではないから、珍しい物を手に入れたいと考えることもあるかもしれないけれど、サンジはそんな人間ではないと、ゾロは思う。だからこそ、サンジの必死の理由がわからない。
「何でお前は、そんな事言うんだ?」
やっとそれを聞くのだな、と思って、サンジは笑う。聞かれないと、告げるきっかけが掴めなくて言わずに終わってしまうかもしれないと思っていただけに、ほっとして、なんとも言えず嬉しくなってくる。
「そんなの、俺が、お前と一緒にいたいから、に決まってるだろう?」
だから、ナミさんが行かないって言っても、お前はおいでよ。とサンジが言うと、ゾロは驚きの表情を浮かべてサンジを見返し、ぱくぱくと口を動かして、声にならない言葉を必死に探している様子に、サンジは嬉しくなってくるのを抑えられなかった。
「ナミを、置いてなんか、いけるか。」
ゆらゆら揺れる声でゾロは答え、サンジはそんなゾロに駄目押しとばかりに笑いかける。
「だったら、俺と来られるように、ナミさんを説得してよ。」
一緒に行こう。と再度サンジは笑みを浮かべて言い、ゾロはそのサンジの顔から視線を逸らすと、一瞬で顔を赤くし、勢い良く立ち上がると、かき消すように姿を消した。
遠ざかっていく岸から目を逸らして、サンジはため息をついて甲板に座り込む。
せっかくあんなに必死に口説いたのに、ゾロは結局、ナミを置いて船に上がってくることはしなかったし、それどころか、サンジの顔を見ることもなかった。
チョッパーもゾロも、ナミがその望みを口に出さないかと、黙ってそれを見守っていた。ルフィの声にも答えなかったし、もちろん、サンジに手を振る事だってなかった。
船の修理の手伝いの間に、色々話をして、結構親しくなれたと思っていた。ゾロは先程と同じように小さな子供の姿だったけれど、毎日ちゃんと船に来て、修理の傍らで、船の中をチョッパーと二人で見て回っていた。ウソップにハンモックに上げてもらって、二人ではしゃいでいる姿も、修理に飽きたルフィと並んで釣りをしている姿も、すっかり馴染んでいるように見えたから、絶対に一緒に来るものだと思い込んでいたのだ。それだけに、別れの挨拶すらなかったのでは、あまりに悲しすぎる。
「何だよ。お前、そんなに、ナミの事気に入ってたのか?」
お前好みって感じだもんな。と碇を上げ終えたウソップがサンジを見て笑い、サンジは更にため息を重ねる。
ウソップの言う通り、自分が女性を置いて、男に、と言っても、ゾロに雌雄があるかどうかすら定かではないが、とにかく、見た目が男である存在に、気を引かれていること自体が不思議で、更に、それに納得してしまったことも驚きなのだ。それでも、納得してしまったからには、もっとしっかり、自分の気持ちを確認したいところだと思うのに、その相手がいないのでは、考えるだけ馬鹿みたいではないか。
ウソップは、そんなサンジの様子に首を傾げてロビンに目をやり、彼女の意味ありげな笑みに、更に首を傾げた。
「うちの船も、人数が増えると思ったんだけどなぁ。」
ルフィは少しは惜しい事をしたと思っているのか、先程からずっと、離れた岸を眺めている。こいつはこいつなりに、思うところがあるのかと、サンジは下からその表情を見上げながら、小さくため息をついた。
「チョッパーの奴は医者だって言うし、ナミは天気に詳しいんだろう?」
ウソップは、ルフィの呟きにつられるように、隣に並んで出てきた島を眺めて呟く。
結局、伝説の天気を操り森を作る緑の生き物は、彼らの村の事を意味しているようで、緑の生き物であるゾロに言わせると、天気を読むのはナミの一族で、森を育てることだけが、ゾロたちの種族の能力なのだそうだ。
ただ、ナミが感知しきれない遠方の天候を、ゾロは何らかの方法で知ることはできるとチョッパーが証言しているから、やれと言えば、天気を操るくらいは、本当はできるのかもしれない。
「無理にでも、誘っちまえばよかったんじゃねぇのか?」
ウソップも先程のサンジと同じ事を言い、ルフィは強く首を横に振った。
「………ん?」
何かを見つけたように、ルフィとウソップが身を乗り出すのを、サンジは首を傾げて眺める。。
「見ろ、サンジ!」
バシバシと頭を叩かれ、サンジはため息混じりに立ち上がってルフィの指差す方向を見て、息を飲んだ。
真っ青な空を、大きな緑の翼が羽ばたいている。
サンジとチョッパーで作ったものよりも、ずっと綺麗なそれは、胸元に光る大きな珠を抱えた鳥のようで、真っ直ぐに、この船を目指して飛んでくる。
「説得してきたぞ。」
甲板に抱えてきた二人を降ろした鳥は、サンジの手に触れて姿を変えると、そう言って笑った。
オフラインから転載
(2004.2.22発行)
(2014.1.23再録)