彼が笑う



覚悟はあるよと彼は言う。

嬉しそうに、真っ直ぐ見据えて。

覚悟はあるよと、笑うのだ。


 学生時代の友人の結婚式から帰った晩、サンジは上機嫌で沢山話をした。
 新婦がどんなに綺麗で、新郎には勿体無いくらいの美人だったかとか、式がどんなに暖かい雰囲気だったかとか、新婦の友人にとても綺麗な歌を歌う人がいたとか、それはそれは嬉しそうに話して、それから、しみじみと、とても幸せそうな顔をして言った。
「幸せになってもらいてぇなぁ…」
 新婦はとてもいい家に生まれたけれど、体の弱い人で、新郎はごくごく普通の家に生まれて、口から先に生まれてきたような大法螺吹きで、二人が結婚にこぎつけるまでにはそれは大変な問題が山積みで、二人がどれだけお互いのことを大切に思って、幸せにしたいと思っていたかのを、サンジは静かに話してくれた。
 それを聞きながら、サンジの手元にその結婚式の招待状が届いた日を、俺は少し思い出した。
 招待状はちょっと綺麗な切手を貼られて、なんだか格式張った様な硬い封筒で届けられていた。
 俺はそれを見るのが初めてで、サンジがそれと差出人の名前を見て、大慌てで電話を取った意味が理解できなかった。でも、電話をするサンジの興奮した声と、その内容で、サンジがどれ程それを嬉しく思ったのかとか、そういうことは何となくわかった。
 もしかしたら、ちょっと泣いてたんじゃないかって思う位、サンジは何度もおめでとうを繰り返して、それ以上に、よかったな、って言葉を繰り返してた。
 電話を切った後、俺にその封筒を開けながら、高校生の頃からの友達が結婚するんだって、自分の事みたいに嬉しそうに言ったのだ。
「ゾロも、一緒に来たらよかったのに。」
 教会式の結婚式だから、披露宴には出られないけど、式に参列するのは構わないのだと、サンジはその朝まで、ゾロを誘った。会った事もない人の結婚式に行くのも気が引けて、結局断ったけれど、サンジの興奮振りを見ていると、行ってみてもよかったかもしれないと思いもした。
「次があったら、行ってみる。」
「あと一組、予感はあるんだけどねぇ…」
 あそこも手間取りそうだなぁ。と、サンジは苦笑を浮かべ、小さくため息をついた。
「下手すると、駆け落ち同然で飛び出していきそうなんだよねぇ。」
 そう言われて、サンジの友人の一人が頭に浮かんだ。
 黒髪で、物凄くよく食べる、なんだか不思議な人。物凄いパワーがあって、一緒にいると巻き込まれていくように気持ちが盛り上がっていく。その恋人はオレンジの髪の頭のいい人だけれど、こっちはちょっと苦手だ。俺があまり頭がいい方じゃないから、気付くと物凄くいいように使われてる。サンジなんかは自分から使われに行ってるところがあるけど、そういう、なんか不思議な人だ。
「あの二人なら、俺、行ってみたい。」
 あの二人が、神妙な顔をしているところが見てみたい。きっと、綺麗な新婦が出来上がるに違いないと思うし。
「ルフィの方が、そういうのに拘らない性格だからなぁ…」
 俺だって、目一杯祝ってやりたいよ。とサンジは言って、結婚式で貰ってきた引き出物のケーキを食べるために、紅茶の用意をしに、キッチンへ立っていった。


 俺は、ここで気付くべきだったのだ。サンジの友人が結婚をするというのならば、サンジにだって、その機会があっておかしくない時期なのだという事を。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「見合い?」
 突然店に現れた叔母からの提案に、サンジは驚いてそのままそれを聞き返した。
 父親に兄弟はないが、母親には妹が一人いる。それが、今サンジの目の前に座っている人物だ。
 病弱な姉とは違い、驚くほどに元気な彼女は、自分の身内を幸せにすることと、周りの人々を幸せにすることに必死だ。ただ、その彼女の考える幸せが、それを勧められた人間全てにとって、幸せなことであるかどうかをよく考えないのが、彼女の困ったところだ。
「そうよ。お知り合いの奥様方にね、いい人はいないかって言われているの。」
 幸せのお勧めに一番多いのがこれだ。
 女にとっても男にとっても、家庭を持つことは、幸せなことであるというのが彼女の持論。
 そりゃまぁ、家庭を持っている男や、子供を産んだ女は、やはり、社会人として一人前になったものと思われる風潮は根強いとは、サンジも認める他ないところではある。
 サンジだって、三十も目前で、周りでも結婚する友人達は増えた。だが、サンジは別に結婚が幸せの全てだとは思わないし、現状で、サンジが幸せな結婚をするのは無理な話だ。
「サンジさんも、今はお付き合いしている方はいないのでしょう?」
 その質問への答えは、とても難しいと、サンジは小さくため息をついた。
 一年前ほどまでは、サンジは幾人も恋人と呼べる人たちがいた。かなり変更回数は多かったが、それでも恋人がいるとなれば、見合いなど強引に勧められるものでもないし、いずれ誰かと結婚する気であろうと思っていたかもしれない。
 だが、現在サンジは傍から見てフリーだ。休みとなれば弟と出かけてみたり、家でまったりしてみたり。
 サンジからしてみれば、この上なく幸せな恋人との時間なのだが、そんな事を大々的に言い触らしたら、恋人は拗ねて二度と一緒に家を出てくれないものと思われる。
 二度と会わないであろう、街ですれ違いざまに声を掛けられた女性ならばまだしも、今後もどちらかが死ぬまで付き合いが続くであろう身内ならば、尚更、下手なことは言い出せない。祖父や母はどうやらわかっているようなのだが、知らない振りを通してくれているし、ゾロも家族に知られることに関しては、あまり気にしていない様子だから、まだやりやすいのだが。
「兄弟仲が良いのはいいことだけれど、いつまでも兄弟一緒というわけにもいかないでしょう?」
 できれば、一生死ぬまで二人揃っていられたら、とサンジが思っていることなど知る由もない叔母はそう言い、笑みを浮かべる。
「ゾロ君だって、その内に、可愛い女の子を連れてくるかもしれないのよ?」
 サンジがゾロにベタ甘なのは、この叔母もよく知るところだ。十年前から、ずっとそれをよく思っていなかったふしがある。
 ゾロは、所謂婚外子という事になる。父は認知していたし、養育費も勿論払っていたし、現在は養子として家に迎えているが、この叔母には少々複雑なものらしい。
 母もサンジもまるで気にしていないというのに、この叔母の存在が、幼い頃のゾロには少々痛いものであった事は間違いなく、ゾロは何度か、叔母に会いたくないとサンジにこぼしたことがある。
「どうでしょう。ゾロは女の子には興味がないみたいだけれど。」
 サンジという相手がいるから、というだけでなく、ゾロは昔からずっと剣道が一番だ。ゾロが特別に見ている女の子といえば、その剣道の先輩である道場のくいな一人で、他はもう、その他大勢、一山幾らの世界だ。
「別に、このお見合いでその相手と結婚をしてと言っているわけではないのよ。でも、こういう出会い方でもしなければ、知り合えない人というのもいるでしょう?」
 叔母の言うことも尤もな事で、サンジのこれまでの恋人達は皆、店に訪れたり、外で声を掛けられたりと、自分から動く相手ばかりであったわけで、誰かに仲介を頼まなくては出会いすらない相手ではありえない。
 そういう相手とは上手くいかないのだとサンジが思ったのだと叔母が考えたのであれば、この行動は暫く続くものだと考えたほうがいいかもしれないと、サンジは思う。
「とりあえずね、お写真の交換だけでもいいのよ。」
 顔の美醜に拘らないと言っても、やっぱり好みはあるものだし、この先長いお付き合いになるとすれば、気に入った人の方がいいでしょう。と叔母は話を進めていく。
「だから、サンジさんのお写真を用意して欲しいの。」
 スナップ写真なんて簡単なものではなくて、きちんとした写真を用意してくれ、という事だとは、サンジにもわかることで、叔母はサンジが断ることなど考えても見ないように、終始楽しそうに笑っている。
「本当に、いいお家のお嬢さん方なのよ。」
 相手がどんなにいい家のお嬢さんで、容姿も頭脳も揃っていたって、あんまり勉強も出来るわけではなく、口も悪い愛想のない可愛い弟以上に愛しく思える相手なんているわけがないのだけれど、と心の中で呟きながら、サンジは仕方なしに頷いた。
 店の夕方の開店まであと一時間。店の奥からちらちらとこちらを窺うスタッフ達の視線も鬱陶しいし、このまま居座られても困りものだと、サンジはとりあえず折れておくことにする。
「次の日曜日にお願いしておいたから、こちらへ行ってね。」
 どこまでも準備万端な叔母から差し出された店の名刺らしきものを受け取って、サンジは小さくため息をつく。
 次の日曜は、ゾロを誘ってどこかへ遊びに行こうと思っていたのに、まさか、見合い写真を撮るために、ゾロを連れて行くことなんてできっこない。
 あのゾロのことだ、サンジがそんな事に頷いたと知れば、これまでの事はなかったことに、なんて言い出しかねない。もし、そこまでいかなかったとしても、きっと拗ねて、二、三日は口も利いてくれないかもしれない。
 それはそれで可愛らしくて仕方がないのだけれど、でもやっぱり、傍に寄らせてもらえないのは悲しいし、怒らせないのに越したことはないのだ。
「じゃぁ、来週、来るわね。」
 満足げににっこり笑って、叔母は意気揚々と帰っていき、サンジはそれをため息で見送った。

 
 
 
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