彼が笑う



 この家でドアチャイムの音を聞くのは、とても珍しいことで、ゾロは夕食の準備の手を止めて、玄関へ足を向けた。
 今日は、ちょっと時間が余って早く帰れたから、夕食はコロッケにすることにした。準備に時間をかければ色々美味しく工夫の出来るものだし、祖父も前に褒めてくれた事があり、ゾロはコロッケを作るのが好きだった。準備を整えておけば、サンジが帰ってきて上手に揚げてくれるし、一緒にキッチンに立てるメニューだというのも楽しいところだ。
「どちらさん?」
 この家には、来客の確認をする文明の利器がない。故に、こうして玄関のドアを開ける前に、相手を確認するのが決まりだ。これをされないのは、ドアチャイムの鳴らし方に特徴のある来客と、チャイムを鳴らす必要のない家人だけだ。
「ゾロ君?」
 その問いを聞いて、ゾロは小さくため息をついた。
 ゾロをそう呼ぶ声の中で、ゾロが最も苦手としているのが、この声の主だ。別に、強く嫌がらせをされたという記憶もないし、こんなに苦手に思う理由もないような気はするけれど、小さな頃の記憶は深く刻み込まれているもので、今でもゾロは、彼女と二人で向き合うのは苦手だ。
「いらっしゃい。」
 玄関を開けてそう言えば、にこりと機嫌よく笑う表情に驚かされる。未だ嘗て、ゾロに向かって彼女がこんなに嬉しそうに笑ったことなどなかったような気がする。
「サンジさんは、まだよね?」
「まだ、店の時間だから…」
 営業時間はまだあと二時間位ある。まさか、サンジが帰ってくるまで居座る気だろうかと、ゾロは少々不安になる。
 今日はどうやら機嫌が良さそうで、ゾロに嫌味を言いに来たとか、なにやら訳のわからないものを持って来た訳ではない様な気もするけれど、持っているバッグは少々大きい。
「どうぞ。」
 それでも、玄関で追い払うわけにいかない相手で、ゾロはそう言って、叔母にスリッパを用意した。
「今日は、ちょっと、ゾロ君にもお話をしておこうかと思って。」
「……はぁ…」
 どうやら、用件の主目的はサンジにあるようだと、ゾロは考え、それでも、自分にも言っておくことがあるとは何事だろうかと、内心で首を傾げた。




 ゾロの用意した茶を前に、叔母はバッグの中から、立派な表紙の着いた本のような薄い物を五つほど取り出してテーブルの上に置いた。
「なんですか?」
 問いかければ、叔母はにこりと笑った。
「お見合いの写真よ。サンジさんに、お好きな方を選んでもらって構わないからって、伝えてくれるかしら。」
「お見合い?」
 一体何の話かと首を傾げるゾロに、叔母は大きく頷く。
「サンジさんも、もうすぐ三十歳でしょう。結婚に早すぎるお年ではないと思わないかしら?」
 言われてみればその通りだと、ゾロは思った。
 先日はサンジの友人が結婚式を挙げているし、三十で結婚する人を、早い結婚だとは言わないはずだ。サンジの友人の結婚を考えても、サンジの結婚を考えなかったのが不思議なほど、それはごく当然の主張に思えた。
「二人とも、とても仲が良くて、十年前と変わらないと思っているかもしれないけれど、十年は長い時間だわ。そろそろ、サンジさんはご自分の事を考えるべきだと思うでしょう?」
 サンジは現在、祖父の店で働いているが、何れ自分の店を持つのだと言っているのを、ゾロは聞いている。ゾロは、料理ではサンジの役には立てないけれど、店の経営では役に立てないものかと、大学はそちらの道を選んでみた。父は、ゾロが自分の会社を継いでくれるのかと期待しているようにも見えなくもないが、それは考え違いも甚だしいと、ゾロは密かに思っている。
 大体、ゾロの選んだ大学を聞いて、この叔母は随分とゾロにあれこれ言ってきたものだが、今はそんな事はおくびにも出さないところが、ゾロには信じられないところでもある。
「自分の事って、サンジは店を持つのが目標だし。」
「それは勿論、大切な展望ではあるけれど、家庭を持って仕事をすることも、大切なことよ。」
 父の経営する会社は、最近なかなか業績が好調らしい。時々帰ってきて話を聞かせてくれる。一時期色々と大変なことがあったらしく疲れをこぼす事もあったが、最近はそんな事も減った。
 多分、この叔母は、その好調な会社をサンジが継ぐことを望んでいるのだろう。母親も父親も、勿論祖父もそんな事を口にしたこともないし、考えてもいないように見えるのだが、何故か、叔母がそれを望んでいるのは不思議だと、ゾロは思う。サンジが父の会社を継いだとしても、叔母には何の得もないし、余程、自分の息子を父の会社に入れた方が得になる確率は高いと思うのだが、どうやら、そういうものではない気持ちから出ているらしい。
 叔母は、結婚して守るべき人ができれば、不安定な生活をするわけにはいかないから、サンジの考えが変わると踏んでいるのかもしれない。サンジの性格から考えれば、自分が選んだ人が、生活に疲れるようなことを望むことはないだろうし、そこに別の道があれば、そちらを選ぶこともあるかもしれない。
 でも、それは、サンジが望んでいることとは違う。ゾロには、それはちゃんとわかる。叔母はサンジの料理に懸ける気持ちを知らないから、料理人なんてと思っているかもしれないけれど、何が一番良い事かなんて、他人が見て判断するようなことではないと思う。
「家庭を持って、家族をちゃんと養って、そういう人を、世間は一人前だって言うものよ。」
 叔母の言い分は多分、真っ当な事なのだろうと、ゾロは思う。少々、自分の考え方を押し付けるところはあるが、世間の言い分とそれ程違うことを言っているとは、ゾロは思わない。世間とずれたことを言っているのは、自分達の方だろうと考えるのが妥当だろうと、ゾロは思っている。
 だから、もし、サンジが結婚しているということで、この先の道が良くなるというのならば、サンジは誰かを選んで結婚するべきだろうかとも、ゾロは思ってしまう。
 サンジはゾロのことを好きだと言って、恋人らしく扱ってくれるけれど、自分達は同性だし、家族でもある。どう足掻いたところで結婚なんてできっこないし、知られてしまえば、サンジのこの先にだって良くない影響も出るかもしれないと思う。
 サンジの役に立ちたいと、できるだけ傍にいたいと思って、ゾロは進む先を考えているけれど、でももし、ゾロの存在自体が、サンジの邪魔になることがあるのならば、別に傍にいられなくたっていいと思う。勿論、出来る限り傍にいたいから、邪魔にならないように頑張るし、サンジがずっと自分を好きでいてくれるようになりたいともゾロは思っているけれど、それはとても難しいことだとも思う。
 ゾロが持っているのは、サンジが自分を好きでいてくれるという事だけで、収入もなければ、特別な能力があるわけでもない。
 道場での師範としての立場は、ゾロに収入を与えてはくれるけれど、自分がそれで生きていける程のものではない。一生、剣の道を歩んでいくことは決めているけれど、それで身を立てていけるとは思えない。道場はくいなが継ぐ場所で、ゾロはそこで剣を教え学ぶことは出来るけれど、新たな道場を建てる程の力はないと思う。
 そんな立場であると思えば、サンジが選んだこの先を優先するのがいいのではないかと思う。
 叔母が見合いを持ち込んだのは、きっと叔母のいつものおせっかいで、サンジはそれを望んではいないと思う。サンジは元々面倒ごとを治めるために、折れてしまうことのある人だから、今回のこともきっと、そういう展開があっての事だろうと思う。それをゾロに黙っていたのは、自分が怒ると思っていたからだろうと、ゾロには簡単に想像がつく事だけれど。
「ゾロ君からも、サンジさんにそう言ってみてほしいの。サンジさんは、ゾロ君がまだ小さな子供で、自分が傍にいなくちゃいけないと思っているように見えるわ。」
 サンジが自分の傍にいるのは、小さな子供だと思っているからではなくて、自分達が一応、恋人だと思っているからだと、ゾロは心の中で口答えして、おとなしく頷いた。
 サンジが他の誰かと結婚することが、自分と一緒にいるよりサンジにとって幸せな事だなんて思いたくないけれど、こういう事は、一度ちゃんと話しておくべきかもしれないと、ゾロは思った。
「お願いね。」
 叔母は満足そうに笑みを浮かべ、ソファを立ち上がった。
「どの方も、とてもいい方なのよ。」
 写真を見ただけで、何がわかるかと、ゾロは思う。
 顔形が整っていたとしても、その整った顔形に浮かぶ表情が歪んでいたら、取り澄ました顔が綺麗であったところで何の意味があるかと思うのだ。
 大切なのは、顔の形でなくて表情だ。サンジはぱっと見て、割といい顔形をしているとゾロは思う。初めて見た時も、そう思った。でも、サンジを信用したのは、顔が綺麗だからじゃなくて、サンジが笑いかけてくれた表情がとても優しかったからだ。
 祖父を怖いと思わなかったのも、隣で固まっていたら、少しだけ目尻が下がって、ココアを用意してくれたから。
 だから、ちゃんと会うのかと、ゾロはふいに納得してしまった。写真なんてきっかけに過ぎないのなら、確かに、見合いというのは意味のあることかもしれない。
「サンジさんも、きっと気に入ってくださるわ。」
 絶対ないと思うけど。とにっこり笑って頷いて、ゾロは玄関で叔母を見送った。






「ただいま。」
 声を掛けて居間のソファに座っているゾロの様子を伺ったサンジは、テーブルに並んでいるものに気付き、息を飲んだ。
「ゾロ、それは…」
 昨日の今日で、なんて事をしやがるか、とサンジは腹の中で悪態をつき、慌てふためいてゾロの元へ移動する。
「さっき、叔母さんが持ってきた。好きな人を選んでもらっていいって。」
 ゾロの声は微妙にぎこちなく、サンジは真っ青になってゾロの膝に縋り付いた。
「これは、俺がしたいって言った訳じゃないんだ。どうしてもって言われて、俺は、絶対、ゾロ以外を選んだりなんかしないから、だから、捨てないで!」
 ゾロが自分を切り捨てる日が来たとしても、自分は絶対にそれはないと、サンジは思う。本当は、ゾロが自分から離れていくこともないだろうとは思っているけれど、でも、自分ではない人の事を、絶対と言うことはできない。
「……」
 自分の膝に縋り付くサンジに、ゾロは苦笑を浮かべた。サンジはいつだって行動がオーバーだ。ゾロにはきっとできない事で、これがサンジの機嫌の取り方だというのも、わかっている。だけれど、こんな行動が、とても嬉しく思うこともあるのだと、気付いてしまった。
「ゾロ?」
 柔らかい手つきで頭を撫でられて、サンジは恐る恐るその表情を窺った。
「…怒ってないの?」
「そんな事だろうと思ってた。」
 そうゾロが答えると、サンジはぱっと表情を変えて、ゾロの隣へ腰を下ろす。
「中、見た?」
「見てない。」
「どうせ、本気じゃないんだから、見ないで決めようかな。」
「一度会わなくちゃいけないなら、ちゃんと見て決めたほうがいいんじゃないか? もしかしたら、凄くいい人かもしれない。」
 ゾロは言ってサンジを見やり、サンジはその返答に驚いてゾロを見返した。
「ゾロよりいい人なんていないと思うよ。」
「会ったこともない人を、そんな風に言うのはよくないと思うぞ。」
「そりゃ、会った事もない人だけど、俺はさ、今までだって、ゾロ以上に可愛いと思った人なんてないよ。」
 サンジはそう言って、ゾロの様子がどこかおかしいことに気付いて戸惑った。
 見合いをすることにゾロは怒ってはいないけれど、サンジが他の誰かを選ぶということを、ゾロは可能性の一つとして持っているらしい。
 勿論、サンジもそういう未来を考えないわけではない。ゾロだって、もしかしたら、雷に打たれるような衝撃的な出会いをするかもしれないという不安は、サンジの中にだって、ずっと存在している。
 小さな頃からサンジはゾロを甘やかしていたし、周りに女の子もいなかったゾロが、サンジからの好意に違和感を感じていないとしても、この先、五年十年経って、自分の未来をもう一度よく考えた時に、今と同じ答えを選ぶかどうかは、わからないと思う。
「ゾロは、俺が結婚してもいいと思うの?」
 問いかければ、ゾロはぎこちなく頷いた。
「ちゃんと、考えたほうがいいと思う。俺は、サンジとずっといたいし、本当はそんなの嫌だけど、色々、それでいい事とかもあると思う。」
 世間の目とか、他の人からの評価とか、自分の生き方にそんなの関係ないと思うこともあるけれど、やっぱり一人で生きていけるわけではないから、他人の評価が必要になる時はある。
 少なくとも、サンジの目指している道は、人の評価があってこその世界だ。そこに本当に必要なのは、料理の良し悪しだけだと思うけれど、何がどう影響するかなんて、わからない。結婚していることとか、独身であることとか、そういうのまで話題になるのが昨今の風潮でもあるし。
「でもさ、例えば俺が誰かと結婚して、後になって、やっぱりゾロが一番だ!って思って離婚したらさ、そっちの方が問題じゃない?」
「そうか?」
「そうだよ。だって、その頃には、ゾロだって可愛い奥さんいたりしたらさ、俺、その子からゾロを持ってくわけでしょ?」
 泣く人いっぱいだよ。とサンジは言い、ゾロは首を傾げる。
「俺は、サンジが別れたら、サンジのとこに行く決まりなのか?」
「俺がゾロがいいって別れたのに、ゾロとも別れてるわけないでしょ。何したって、取り戻すよ。」
「……俺は、それに折れるのか?」
「俺は、女の子の方に手出しするよ。」
「それは、酷いだろ。」
 サンジが笑っていないのが怖いと、ゾロは思った。
 あくまでも、仮定の話しだけれど、表情が真剣だと、本当にやりそうで怖い。今まで、ゾロはサンジが怖いなんて思ったことがなかったけれど、今日はどうにも恐ろしく見えてくる。
「だから、俺は、ずっとゾロを傍に置いておかないと、駄目だと思うんだ。」
 十年越しの独占欲を、今更一度の見合いでどうこうできるような人がいるとは思えない。例えば一瞬その場で気持ちが揺らいでも、家に帰ってゾロが笑えばそれでおしまいだ。それは間違いないと、サンジは思う。
 ゾロには、その辺りのサンジの気持ちはわからないようだけれど、それは、サンジがあまりそういう態度を見せなかったからかもしれない。ぎこちなく、サンジを見返しているゾロの表情が、信じられないものでも見ているようにも見えて、サンジは苦笑を浮かべた。
「ゾロが、すごく可愛い子に会って、俺なんかよりずっとその子が大事だって思ってさ、俺に会わせたりなんかしたらさ、俺はきっと、その子に意地悪すると思うな。ゾロが泣いたりするの嫌だけど、その子は俺にとって見れば、憎い相手でしょ?」
 それじゃ、息子の嫁をいじめる母親のようではないかと、ゾロは苦笑を浮かべる。
 今まで、サンジが女といるところにゾロが遭遇したことはあるけれど、その逆はない。精々がくいなだが、くいなはサンジにとって鬼門だ。絶対勝てない女だと思っているのを、ゾロは知っている。くいなは、サンジにはもう勝てないと思っているようだけれど。とにかく、そういう状態だから、ゾロはサンジがそんな事を考えているなんて知らなかった。苦笑して終わらされてしまうことだろうと、思っていたのだ。正直なところ、サンジにとっての自分は、サンジの中でそれ程重要ではないのではないかとすら思っていた。自分の方がずっと、サンジに拘っているのだろうと。
「何十年も先の事を、今、絶対だって言うのは、信用ならない事だと思うし、嘘っぽいとは思うけど、今そう思ってるって事は、嘘じゃないよ。」
 どんな約束事だって、どんな気持ちだって、嘘をついていると知っていて口に出したことでない限り、後々それが嘘になってしまったとしても、それは嘘ではないと、サンジは思う。
「俺は、ゾロじゃないと、駄目だよ。」
 サンジは笑い、ぼんやりとその表情を見返すゾロの横で、ふと気付いたように鞄を開けて中からファイルを取り出す。
「この間の結婚式の写真、貰ってきたんだ。見る?」
 これ以上話をしていると、ゾロが怖がって逃げるかも、と不安を抱いて、サンジは話題を切り替える。
「見る。」
 ぎこちなくゾロは頷き、サンジが差し出したファイルを膝の上で開く。
「あぁ…」
 サンジが言っていた意味がわかった。とゾロは新郎新婦の姿を見て笑みを浮かべた。
 綺麗な新婦が勿体無いくらいの新郎と言われたその人は、特徴的な長い鼻と波打つ髪の持ち主で、見るからにお嬢様風の新婦とはそぐわないと言えば、そぐわない。だけれど、寄り添って立っている姿は本当にぴったり綺麗に納まっていると思う。
「そういえばさ、新郎が手袋をはめてない理由って、知ってる?」
 ゾロの隣でその写真を除き込んでいたサンジが、一枚の写真を指差して問いかける。
「知らない。」
 白い衣装を着た新郎は、右の手に白い手袋を握っている。ゾロはそれを気にもしなかったけれど、サンジがそう言うからには、何か特別な意味があるのだろう。
「覚悟の印なんだよ。」
「覚悟?」
 どうして、手袋を持っていることがそうなるのだろうと、ゾロは首を傾げ、サンジは頷く。
「昔々は、手袋を投げつけることを、決闘の申し込みにしてたんだって。」
 こんな感じに、と、サンジはハンカチを取り出して、ゾロの胸元に投げつける。
「だからね、手袋を握ってるっていうのは、『俺はいつでも、この人のために決闘を申し込む準備があるぞ』って意思表示なんだってさ。」
 こいつが決闘しても、勝てないかもしれないけどね。とサンジは笑い、ゾロは二人が並んだ写真をじっと見つめる。
 新郎は手袋を握り締めて、新婦は新郎の腕に掴まっている。それが、護ってみせるという意思と、護ってもらえるという信頼感だというのなら、それはとても幸せな姿だと思う。
「俺も、覚悟はあるよ。」
 サンジは言い切り、ゾロは顔を上げてサンジを見やった。
「サンジ?」
「最初っから、ゾロのこと、絶対護ってみせるって思ってたしね。」
「最初っから?」
「初めて、ゾロを見た時からね。ゾロがうちに来るのが決まった時なんて、ジジイに呆れられるくらい浮かれてたし。まぁ、その時は今とはちょっと意味が違うけど、俺がとことん可愛がってやるんだ、って決意してたしさ。」
 確かに、ゾロがこの家に来た時にはもう既に部屋は綺麗に整っていたし、サンジは最初から物凄く甘やかしてくれた。不思議に思ったことはなかったけれど、よく考えれば不思議なことかもしれない。
「ゾロのこと、誰にも絶対、傷付けさせたりしないって、幸せにしてみせるって、覚悟はあるよ。」
 何故だかすごく嬉しそうな顔でサンジは言い、ゾロは戸惑って視線を逸らした。今日のサンジは、どこかゾロの知っているサンジとは違う気がする。
「それは、忘れないでね。」
 頭を撫でられて、サンジはソファから立ち上がる。
「夕飯の準備は?」
 問われて、ゾロもつられて立ち上がり、キッチンへ足を向ける。
「コロッケ、あと揚げるだけ。」
「今日は、暇だった?」
「うん。」
 先に歩いていく背中を眺めて、ゾロは小さく息をつく。
 自分の事を、どうでもいいと思われていると、思っていたわけではないけれど、あんなに真っ直ぐ言い切られるとも思ってなかった。自分だけ、物凄くサンジが好きで、幸せにしたいなんて思ってるのだと思っていた。だから、サンジが他の誰かと結婚してもいいと思ったのに、サンジもそう思っていてくれるなら、自分だって、覚悟を決めるべきだと思う。
「日曜に、写真、撮りに行くんだって?」
「勝手に予約まで入れてくれてさ。せっかく、ゾロと遊びに行こうと思ってたのに。」
 振り向かずにサンジは答えて、キッチンのテーブルの上のコロッケの皿を手に取る。
「一緒に来る?」
 振り返ったサンジが笑い、ゾロは黙って頷いた。
「……いいの?」
「その後、ご飯食べさせてくれればいい。」
 写真を撮りに行く本当の理由は、楽しいことでもないけれど、どんな写真がばら撒かれるのかは、やっぱりちょっと気になるところだし、取り澄ました顔のサンジなんて見たことがないから、見てみたいような気にもなる。
「…じゃ、一緒に行こうか。」
 結局のところ、一緒にいられれば、それでいいってことなんだ、とゾロは自分を笑って、冷蔵庫を開けて、作ったサラダを取り出した。







「それ、俺も。」
 いつものスーツより、もう少しだけちゃんとしたスーツを着たサンジは、何枚か写真を撮ってから、二人で写真を取ろうと持ちかけた。
 ゾロは普段着で、あまりに二人の服装はかけ離れていたけれど、それもいいかとゾロは素直に頷いた。
 何やら立派な椅子に座らされたゾロは、隣に立つサンジが手袋を握っていることに気付いて、サンジに手を差し出した。
「ゾロ?」
「絶対、俺の方が、強いに決まってる。」
 サンジの手の中の手袋の片方を奪って、ゾロはそれを握りしめ、不思議そうな顔のカメラマンに愛想笑いをして、多分、誰にも見せられない写真に納まる為に、サンジを見上げて笑う。
「俺が、一番幸せにしてやる。」
 サンジが腹を括ったなら、自分だってそうするべきだとゾロは思う。
 びくびくして疑っている時ではないと、サンジは示してくれたのだ。ならば、自分だって、覚悟を決める時だろう。
「ゾロ。」
 肩に置かれた手に力が篭って、ゾロはカメラに向き直って、先日見た写真の中の新婦のように、ちょっとだけ笑みを浮かべてみせた。




覚悟はあるよと、彼が笑う。

幸せになる、自信もあるよと。

ならば、誰より、幸せにしたいと

笑う顔を見て、本気で思った。

 
 
 
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オフライン発行「彼が笑う」より再録
変サンジ、という呼び方をしていた義兄弟ものの中でも、かなりシリアスな作品でした。
結婚式の写真の手袋、決闘手袋と私は呼んでいるのですが、本当に投げる人がいたら見てみたい。

(2004.6.6発行)(2011.1.24up)



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