真っ青の空の下、砂の波打つ丘の上で、じっと遠くを眺めている背中に声が掛かった。
「ゾロ、おいで。二人の石を埋めるから。」
声に気付いて振り返った少年は、小さく頷いて砂丘を下ってきた。
「くいな。大丈夫か?」
問い掛けられて、くいなはくすりと笑った。
「どうしたの?」
どうしてそんな事を聞かれるのかがわからず、くいなは首を傾げた。
昨日、仲間の一人が死んだ。くいなが生まれた時にくいなの名前を聞いてくれた人だと聞かされている。
それだけに自分に近い人だと思ってはいたけれど、特別な感情が浮かんでくることはなかった。
「なんとなく。」
ゾロは戸惑う様子を見せ、どれでも何故自分がそんな事を聞くのかわかっていない様子でもあった。
「新しい命が産まれて来るから大丈夫。」
そう答えながら、ゾロの聞くのはこういうことではないのだろうか、とくいなは戸惑った。
「ちょっとは、残念だけど。」
そう付け足すと、ゾロはおかしそうに笑い、二人は並んで歩き出す。
「石には意識はあるのかな。」
ゾロの言葉にくいなは少し考える。
砂竜が死んで残される二つの石は、新しい命を生み出す石でもある。
二人の竜が残した四つの石を砂の中に埋めておくと、砂漠の力を取り込んで、新しい命が産まれて来る。
昔、砂竜の数がずっと多かった頃は、好きあった者達がそれぞれ同じ場所に埋めてもらうように依頼したこともあったというように、それは人間や動物達が子供を作るような意識も持ったことだったらしい。
今では、四つ集まると埋めてしまうのだが、数の減っている現在では、それも仕方のないことだったが、それでも誰かと共に埋められて、二人の石を併せ持った命が生まれてきたらと想像することは、なくなるわけではなかった。
「四つ埋めても、必ず混ざるわけじゃないんだから、相性はあるんじゃない?」
「好き合ってる人たちを一緒に埋めたら、必ず二人生まれてきたりとかってないのかな。」
ゾロの言い分は、くいなも考えた事がないわけではない。
砂竜が死んでしまう理由が増えているのは確かだけれど、二人生まれてこない理由がどこかにあるのなら、その中にそんな理由があってもいいように思のだ。
「今度、長に聞いてみる。」
ゾロに頷いて返して、くいなは空を見上げた。
そんな風に上手くいけばいいけれど、最近は人間に襲われて石を奪われてしまう砂竜が増えた。
好いた相手と共に新しい命を生み出すことに拘れば、尚更仲間の数は減ってしまうだろう。それはとても悲しいことで、避けたい事だ。
「ゾロの後に生まれる子がはやくできるといいね。」
「そうだな。」
小さな竜が砂の中から出てくるのをじっと見つめていた時を、くいなは思い出す。
あれから一人も生まれてきてはいないけれど、何人もの仲間が死んでいった。
埋めた石の全部から生まれてきても、死んだ仲間の数には満たないのに、生まれてこない。それが辛い。
「人間なんて、すぐに産まれて来るのにね。」
すぐに死んでしまうけれど、すぐに生まれて、どんどん生まれる。それは恨めしくて羨ましい事だ。
砂竜は何十年も経ってから、やっと生まれるような事だってあるほどなのに、数が増えることなんて殆どない。
昔は新しい砂竜が生まれた事もあったらしいと言い伝えられてはいるけれど、それがどういうことなのか、ゾロもくいなも知らなかった。
「人間はどうして、私達を襲ってくるのかしら。宝石なんて、他にも沢山あるのに。」
人間達は砂竜を襲うだけでなく、埋めておいた石を掘り返して奪うこともする。
それがどういうことなのかわかってはいないのだろうけれど、それを伝えることは出来ない。姿を現せば襲われるからだ。
勿論、人間と戦うことは出来る。人間を殺すことなど本当は容易い事だ。けれど、そうして恨みを買って、更に人間達を追い詰める事に意味はない。
「人が持ってない物が、欲しくなるんじゃないかな。」
砂竜の数は少ない。それだけ石の数も少ない。人間達が自分達を殺すなら、近いうちにそれはどこからも手に入らなくなる。そういう物が欲しいのだろう。
「人間は、全部なくなるまでわからないんだって。」
ゾロは先日聞いた話を思い出す。
人間は全部なくなってやっと、それがどれだけ貴重で取り返せないものなのかを知る事が出来るのだ。
そうしてなくなったものが沢山あって、それなのに少しも反省することもなく、また別のものをなくそうとするのだと。
「でも、俺たちが一人もいなくなって、どこからも石が掘り出せなくなっても、人間は後悔なんてしないんだろうな。」
「砂漠の竜は人を襲う化け物だもんね。」
世界の全ては人間の為にあるのだと人間は思っている。だから自分達が何をどう作り変えても構わないのだと。
人間の数は多いから、それは仕方のない考えかもしれない。
けれど、どんなに数が少なくても、それにはそれの想いがあって、それぞれに大切なものを持っていて、望むものがあって生きているのだ。
そんな事を考えてくれたらいいのにと思わずにはいられない。
「知ってる? 海には、とても優しい人間がいるんだって。凄く綺麗なところなんだって。」
「海?」
「この砂が全部、水になったような所なんだって。いつか、見てみたいと思わない?」
そんな所なら、自分達だって、人間と一緒に暮らせるのかもしれないと、くいなはにっこり笑った。
★
目を開けて、自分が泣いていることに気付いた。
泣くほどに悲しい夢ではなかったはずだ。
まだ子供の姿をしたゾロがいて、ゾロの誕生を見守っていた少女がいて、二人は新しく生まれてくる命について話していて、空は真っ青で、二人はどこか悲しそうではあったけれど、穏やかではあったのに。
「やっぱり、人間のせいなんだな。」
枕元の石はほんのり輝いて、サンジはそれを手に取ることができなかった。
砂竜を襲うだけでなく、石を掘り起こすことまでしたなんて、人間はなんて欲深いんだろうと思う。
そうして手に入れた石を他国の王家に献上して、誼を結ぶ。その為に奪われた命の数を思うと、それを手に取ることすら躊躇われる。
あの国の人間が、全て悪いわけではない。けれど、そうして他の生き物の命を奪うことに対して、どれだけの人間が罪悪感を感じただろう。
サンジは料理人である。食事を用意するためには他の命を奪わなくてはならない。
既に生きていないものを料理する時に、自分が何かの命を奪っていることを実感することはない。
まして、料理を目の前にして、それが生きていたものの命の成れの果てなどと想像することは稀だろう。
サンジも自分の命が何かの命の上に立っていると感じるようになったのは、最近の事だ。
ルフィの仲間になり、船に乗り、船上で吊り上げた魚を捌く時、辿り着いた無人島で獲物を仕留める時、間違いなく自分の手でそれらの命を終わらせるようになってやっと、実感した事だ。
自分が生きていくためには、何かの命を奪わなくてはいけないこと。それはどんな生き物にも共通であること。
それは生きるために必要なことであるから、罪悪感を感じる必要はないにしても、命を貰って生きることへの感謝は忘れてはいけないと思うようになった。
無駄に殺さず、出来る限り全てを糧とすること。船上では食料の調達が難しいからという事も理由の一つだが、何より感謝の心構えでいたいと思うようになったのだ。
だから、生きるために必要ではない事で、何かの命を奪うことが嫌なのだ。それは悪事だと思うのだ。
そして、今こうしてこの石をどうすれば新しい命が産まれて来るのかを知ったのに、それを埋めたくはないと思う自分が情けなくて、その石を手に取れないのだ。
この四つを砂に埋めたなら、産まれて来るのは二人の子供だ。
新しい命が産まれて来るのは喜ばなくてはいけないはずなのに、そうなればもうゾロの夢を見ることもできないと思うと、それが嫌でならない。
そして、今朝見たあと二つの石のことを考えるのだ。あれがあれば、石は六つになる。黒と青の石でも四つだ。
それに、産まれて来るのに必要なのが二つならば、二つで埋めても新しく生まれてくるのではないかとも思ってしまう。
それ程、ゾロと誰かを混ぜるのが嫌だと思う自分が恐ろしくもなる。あの国の人間を酷いことをする人間達だと思うのに、自分が一番恐ろしかった。
自分は結局、自分の事しか考えてはいない。自分を助けてくれたゾロのためにも、新しい命が生まれるようにしてやらなくてはいけないのに、それを願ってやれないなんて情けない。
「ごめんな。」
もう一度会えるのならば会いたい。ゾロの石から生まれてきた新しい命が、ゾロの記憶を持って生まれては来ないかと思ってしまう。
もう一度自分を見てくれないかと思うのだ。そして、どうして海を目指したのか、どうして自分を守ってくれたのか、それを聞いてみたいと思ったのだ。
★
くいなの体が砂漠に混ざって、残った二つの石をそっと拾い上げた。
仲間が二人きりになってしまったのは二年前。誰にも見つからないようにと、手元に残った石を砂漠の深くへ埋めたけれど、いつになれば新しい命が産まれて来るかもわからないまま、これで自分が最後の一人だ。。
海を見たいねと、くいなが言ったのをふいに思い出した。
そこには優しい人がいるのだと、くいなは誰から聞いたものか、そんな事を話した。
ならば、それを見に行こうと思った。
自分達は決して海には辿り着けないのだと、仲間の誰かが言ったけれど、一人で砂漠に残っていることに何の意味があるだろう。
いずれはまた人間がやってきて、自分達を殺そうとするのだ。それを砂漠で待つのと、海を目指すことにどれ程の違いがあるだろう。
もし本当に、海には優しい人間がいて、自分達が彼らと暮らせるのならば、それを目指していけない理由があるだろうか。
くいなの石は布の袋に入れて首に掛けた。
新しい命が生まれるのには、石は四つでなくてもいいのだと、四年前に死んだ仲間に聞かされた時は少し驚いたけれど、やはり自分達の子供を残したいと思う気持ち故のことだったと聞き、納得はした。
ならばここにくいなを埋めてもいいのだけれど、海が見たいと言ったのはくいなだから、連れて行かなくてはなるまいと思う。
本当に海には辿り着けないのか、辿り着けないと思っていただけなのか、それすらもわからない場所ではあるけれど、二人で目指そうと思った。
「海は、もっと先か?」
オアシスで一人休む男に声を掛けた。
金色のキラキラと輝く髪と、空の青より青い目をした男だった。
この辺りの人間ではないのはその色でも服装を見ても明らかだった。もしそうでなかったら、声など掛けなかった。
けれど、遠くから見えた時から、その色が気になって、これがもしかしたら、くいなの言っていた、海にいる人間かもしれないと思ったのだ。
男はゾロの問いに答え、ゾロを心配するようにあれこれと聞き、海まで連れて行ってくれると言った。これは間違いなく海の人間だとゾロは思った。
この辺りの人間なら、砂漠を一人で歩く人間にそんな提案は絶対にしない。自分達から砂竜を襲うくせに、人に化けた砂竜だと言って、一人歩きの人間を恐れるのだ。
「俺はサンジ。」
人間には名前は特別ではないらしいけれど、教えられたら自分も教えるべきだろう。
「ゾロ。」
男が本当に海の人間か確かめるため、ゾロはフードを外した。
男の目は驚きの色を浮かべたが、ゾロに襲い掛かろうとはしなかった。
海の人間は優しい。くいなの言ったのは嘘ではなかったとゾロは思った。
男といることは何の問題もなかった。けれど、砂漠を出て海を目指すことがどういうことなのかは、暫く経つと身に染みてわかるようになった。
石を砂漠の砂に埋め、その砂漠の力を得て生まれてくる自分たち砂竜は、砂漠にいる間は他の生き物のように何かを食べる必要がない。
命を支える力は絶えず大地から自分の中へ流れ込んでくるからだ。
どうして自分達が海へは辿り着けないと言われたのか、それがわかった。
砂漠でなければ、自分達に力は与えてくれないのだ。水の気配、海の気配なのかもしれないが、それが近付くと、何かが自分を拒否しているように感じ、力を奪っていこうとする。
それでも先へ進めるのは、サンジがいるからだ。
ゾロの歩みが遅くなると、サンジは手を引き、肩を貸してくれた。そして今は、ゾロを背に負ってくれている。
どうしてここまでしてくれるのかはわからない。海の人間だから優しいのかもしれない。
けれど、どこかでそれは自分にだから優しいのだと思わせるものがある。自分の都合のよい思い込みかもしれないけれど、そう思いたいほど、サンジは優しい。
「もうすぐだぞ。」
サンジの背に乗って、街へ入った。
人が多く、それと知られないようにフードをしっかり被っていたのだが、ふと顔を上げた時、風に煽られてフードが落ちた。
「化け物!」
悲鳴と共にサンジが走り出した。
置いていけばいいのにと思いながら、必死に走るサンジの背にしがみついた。走る先に、サンジを呼ぶ人間達が見えた時、背中に衝撃を受けた。
地面に転がり、サンジを探した先に、真っ青で光り輝く水面を見た。
「海だ!」
それは、サンジの目の青とよく似た、サンジを海の人間だと思ったのは間違いないと思わせる色だった。
サンジは自分をここまで連れてきてくれた。そのサンジを、今ここで死なせるわけにはいかない。
この体にはもう僅かの力しか残っていないが、海の方から駆け寄ってくる人間達がサンジの仲間には間違いない。
彼らを背後の人間達から守るのは、自分がしなくてはならない最後の務めだと思った。
体を起こし、人間の恐れる本来の姿を現す時、サンジに恐れられるのは嫌だと、心の隅で思う自分を、ゾロはどこかおかしく感じていた。
★
「本当にここでいいんですか?」
心配するように問い掛けるビビに、サンジは頷いた。
砂竜の祭壇と呼ばれる場所があるのだと聞かされ、そこにビビと仲間達と共に向かった。
この国の大地は砂に覆われていたが、海が近かった。それでも祭壇は流石に海の見える場所にはなかった。
ビビは国王から許可を貰い、二つの石をこの国に伝わる作法に則って祭壇の下へ埋めた。
そして、サンジが持ってきた四つの石は、海の見える場所へ、二つずつ隣り合うように砂へ埋めた。
ゾロと彼女が海を目指した理由が、単に海が見たかっただけでなかったことはわかったけれど、それでもここに埋めておけば、生まれてきた時に初めて見る景色は、彼らが望んだ真っ青の海だ。
そしてこの国の人間は、砂竜への畏敬の念を忘れてはいない。生まれてきた彼らと出会ったとしても、きっと彼らを襲おうとはしないはずだ。
海と、優しい人間のいる場所。ゾロと彼女の願ったものがこの場所にはある。
そして祭壇の石からも砂竜が生まれていれば、二人の知らない新しい砂竜と出会うことにもなるはずだ。
ここでそれを待ちたいと告げると、ルフィはじっとサンジを見つめ、仕方がないと笑った。
「生まれたら、連絡しろよ。俺たちも会いに来る。」
四つの石の行方には、それを拾い上げたルフィも気に掛かっているのだろう。そう言って、サンジの背中を叩いた。
「連絡する。」
今度はゆっくり、色んな話をしようと思う。
ゾロにも彼女にも、嘗ての記憶はないのかもしれない。それでも、自分達は言葉が通じるのだ。
サンジが会ったゾロの事を話す事だって出来る。先のことを話す事だって出来るのだ。
いつかゾロに会えたら、何と話しかけようかと、サンジは今から考えるのだった。
満月の夜、何かに呼ばれたような気がして、サンジは家を出てゾロの元へ向かった。
この街で店を開き、毎夜ゾロの元を訪れた。
今日も、店の後終いを済ませたら行こうと思っていたのだが、なかなか最後の客が帰らずに遅くなってしまっていた。
もしかして、と思うのは当然だった。最近、夢でゾロの姿を見ることが増えていた。そしてこの感覚だ。サンジは必死になり走るようにして砂漠を進み、その場所へ辿り着いた。
目印をつけなくてもわかるほど、毎日通ったその場所で、砂の一部がすり鉢上にへこんでいるのを見て、サンジは辺りを見回した。
夢で見たゾロの誕生は、小さな砂竜の姿だった。昼のうちに生まれてきて、どこかへ歩いていってしまったのかもしれない。
砂漠の方へ足を進めようとして、ふと海の方から声を聞いたような気がした。
「ゾロ!」
それはもう彼の名前ではないのかもしれないけれど、その名前を呼んで、サンジは海岸へと足を向けた。
生まれてきたのは二人なのか一人なのかもわからないけれど、彼が生まれてきたのは間違いないのだ。
サンジは海岸まで走り、そこに立つ人を見て、足を止めた。
明るい月明かりの下、寄せては返す波の見える場所に、じっと立っているその姿は、サンジの知るゾロのものによく似ていた。
「ゾロ!」
名前を呼べば、その人影は振り返り、駆け寄るサンジに向かってにこりと笑った。
「サンジ。」
ゾロだ。そう思うと急に足が止まり、沸きあがってくる歓喜のままに涙が溢れ出した。
どうしてこんな事で泣けるのかもわからない。けれど、本当に嬉しかったのだ。
「サンジ。」
さくさくと砂を踏む足音が近付いて、長い間聞いていなかった声が、サンジの名前を呼んだ。
「また会えた。」
ゾロの手が、サンジの細く骨ばった、深い皺を刻んだ手をそっと握り、大切そうにそれを撫でた。
「今度は、一緒に行く。」
ゾロはにこりと笑ってそう言い、サンジは何度も何度も大きく頷いた。
WEB拍手とオフラインから転載
2006年WEB拍手で連載されていて、その続きを2007年にオフラインで発行しました。
題名は、オフライン発行時のものです。
最近結構見かける、中学校唱歌を元ネタにしたものです。題名はその歌詞から。
ずっと、「砂漠の怪獣」だと思ってたんですけど、「怪獣のバラード」って題名らしい。そうだったかしら…(2006.6 2007.11.11作)
(2010.9.19up)