見渡す限り砂で覆われた場所で、数人の人が集まって地面を見つめていた。
「もうすぐ産まれてくるよ。」
大人たちに囲まれるようにして、小さな子供が息を詰めて微かに盛り上がった砂を見つめる。
「二人?」
「そうだといいけれどね。」
少し寂しそうに笑い、黒い瞳を細めてその男は笑い、少女は首を傾げる。
「くいなも一人だったからね。」
「二人生まれればいいけれどねぇ。」
大人たちはそれを願うように、それでいてどこか諦めたように言い、小さく笑った。
「あ!」
盛り上がった砂の中心がぽこりとへこみ、周りの砂がそこへ流れ込んでいく。
じっとそれを見つめる人々の前で、へこんだ砂の中から鋼色の小さな鉤爪が現れた。
「黒だよ!」
少女は興奮したように声を上げ、必死に動くその姿に手を貸したくて仕方がないように、手を握り締める。
「頑張れ!」
少女の応援に応えるように、砂の中から必死に這い出してきたそれは、ぱちりと目を開けて、小さく鳴いた。
「金と緑!」
出てきたそれをそっと大人が抱き上げる。
「一人?」
「そのようだね。」
それ以上の動きがないのを見て、彼等は立ち上がって息をついた。
「また、次を待とうね。」
大人に頭を撫でられて、少女は小さく頷く。
「うん。」
残念そうではあるが、少女は生まれてきた新しい命に満足もしたようで、大人の腕の中のそれをじっと眺める。
「明日には、お話できるようになる?」
「もう少し掛かるよ。くいなも、四日後だったからね。」
そう言って歩き出す大人達に続いて、少女は軽い足取りでその後に続く。
「名前はいつ決まるの?」
「今日のうちに決まるよ。誰が聞くかはわからないけどね。」
腕に抱かれたままの小さな竜は、辺りを見回して、小さく声を上げた。
★
胸元に四つの宝石の入った小さな袋が下げるようになった後、海を越え、新しい大陸に辿り着き、そこでまた砂漠に辿り着いた頃、サンジは不思議な夢を見るようになった。
それには、サンジの知らない人々が現れたが、まるきり思い当たることがないわけではないものだった。
そして昨夜の夢は、それをはっきりと肯定するものだった。
「ゾロ。」
眠る時は枕元に置くその袋の中を手に乗せてみると、何故かほんのりと暖かく感じる。それは暫くすると冷たくなってしまうのだが、その温かさはサンジを安心させるものだった。
昨夜の夢が、ゾロが産まれてきた時の様子だとはわかる。どこか海亀の誕生の様子を思わせたその様子が微笑ましく思えた。
砂竜を海亀と同じと言っては怒るかもしれないが、海で育ったサンジにしてみれば、どうしても海のものを想像してしまうのだから仕方がない。
サンジが見たあの大きな姿とはまるで違う、小さな子供の腕にも納まってしまうような小さな姿と、子猫にも似た鳴き声は、人の姿のゾロからも想像はつかない。
子供の頃はきっと可愛かったに違いないな。と想像する自分に少し呆れながら、サンジはまたあのゾロに会いたいと思う。
たとえ夢でも、その彼がサンジを知らなくても、あの姿が見られればいい。そう思う。
ほんの僅か。十日足らずの時間だったというのに、どうしてこんなに自分の中にゾロが刻み込まれてしまったものか。
あの最後があったからこそだろうとは思う。何でもしてやろうと思っていたのに、結局最後は守られてしまったような感もある。
ゾロは元より自分が生き延びる気などなかったかもしれない。だから、海を見たことに満足し、そこで命の終わることも構わなかったのだと思う。
きっとゾロは、あの終わり方に後悔なんてないのだと思う。
それでも、あんな風に誰かから銃を向けられて死ぬなんて終わり方ではなくて済んだかもしれないのだ。
あの時もっとサンジが気をつけていたら、ゆっくりと海を眺めながら、静かに死ねたかもしれない。もしかしたら、同じ船に乗ったかもしれない。
そんな可能性が、よりサンジを後悔させ、ゾロを求めさせるのだと思う。
「ごめんな。」
冷たくなった石に小さく呟いて、サンジはそれを首にかけるとベッドを降りた。
この国に来たのは、仲間の一人がこの国の出身だったからだが、それがまさか、王家に関わる人間だったとは、仲間の誰も思わなかった。
彼女は最近のサンジの気落ちを気にしていたらしく、同じく砂漠に覆われたこの国へ来て、砂漠の竜について調べたいことがあるのだと言って、王宮へと案内してくれたのだった。
この国の王女は何に興味を持ったのか、こちらの申し出に好意的で、王宮の図書館を自由に見せてもらえることになり、自分でも伝承などを調べてくれていた。
あの国とは異なり、この国では砂竜は人々から畏敬の念を持って扱われるものらしく、それを聞いた時、サンジはゾロがこの国で生まれていたらと思ったものだった。
けれど、この国では実際に砂竜を見たと言う者は少なく、ほぼ伝説のようなものとして扱われているのが現実だった。
そこに実際に存在したが故に、ゾロは化け物と呼ばれて人から銃を向けられた。
確かに彼等は大きく恐ろしく見えた。けれど、ゾロが彼らに何をしたわけでもない。
もしかしたら、以前に砂竜が人間を襲ったことがあるのかもしれないとも思ったが、ゾロはあの街に自力で辿り着くことができなかったのだ。
他の砂竜にそれが可能だったとは思えない。海に憧れながら、砂漠を出ようとはしなかった者たちなのだ。
人間達が砂竜を恐れるきっかけになったのは、あの石欲しさに人間が彼らを襲い、返り討ちにあったからではないかとサンジは思った。
自分達の行動を棚に上げて彼らを恐れ、恐ろしい化け物だから殺して石を奪っても構わないと、自分達を正当化したのではないかと考えた時、サンジは怒りに叫びだしそうになった。
それは本当によくある事だ。人間は人間以外の生き物が自分達のために存在しているのだと考えがちだ。
大きな牙を持った生き物を殺して皮を剥ぎ、彼らが強暴だから殺したのだと言いながら、その皮を売って金を儲ける人間などいくらでもいる。
本当はそれを手に入れたいから殺しておいて、平気でそう言う事が出来るのが人間なのだ。そしていつしか、それは恐ろしい化け物にされてしまう。
これまでにサンジはそんな事を考えたこともなかったが、ゾロの事を思うとそれを考えずにはいられないのだ。
ゾロはサンジ以外には顔を見せることをしなかった。それは、知られればどうなるかわかっていたからだ。
もしかしたら、この黒い石の持ち主は、そうして人間に殺されたのかもしれない。ゾロがそうと知る事があったのだろう。
そのゾロが、サンジには躊躇わずに顔を見せてくれた。その理由はわからないが、砂竜の事を知ることで、その理由の一端でもわからないかと思うのだった。
★
「おはようございます。サンジさん。」
朝から図書館に入ったサンジの元に、この国の王女であるビビが顔を出した。
「おはよう。ビビちゃん。」
水色の髪を普段は高く結い上げた彼女だが、今はそれをゆったりと下ろしている。どうやら、朝の身支度も適当に済ませるような発見でもあったらしい。
「昨日、子供の頃に砂竜の目と言われていた宝石の事を思い出して、探してみたんです。」
ビビの言葉にサンジは一瞬息を詰めた。
サンジは余計な争いになるのは避けたいと、自分がそれを持っていることをビビに教えていなかった。
それなのに、ビビがその存在を知っていたとなると、この国も砂竜には安住の地ではなかったのかもしれない。
「私が生まれるより前に、海の向こうから贈られた物だと聞いています。」
そう言って差し出されたのは、二つの青色の石だった。サンジの持つそれと同じように、真球のつるりとした石の表面には、光に当って星のような筋が浮かんでいる。
「でも、これの一つは昔からあったものなんです。」
にこりと笑ってビビは言い、サンジは首を傾げた。
竜の目は二つで一揃いだ。それは間違いないとサンジは知っている。しかもこの二つは間違いなく対のように同じ色合いに見える。
「同じ色なのに?」
「父も驚いたそうです。」
頷いてビビは一つを指差す。
「これは、竜の心臓と呼ばれています。」
「心臓?」
この小さな石から心臓を連想するのは難しいのではないかと、サンジは思う。大きな竜の心臓ならば、もう少し大きなものを想像するだろう。
「子供の頃に聞かされた御伽噺ですけれど、砂漠の竜は石を残して死に、その石から新しい竜が生まれてくるのだと言われています。だから、そう呼ぶのです。」
ビビは言い、苦笑を浮かべる。
「今日は、この話を詳しく聞いてこようと思っているのです。それをご報告しておこうと思いまして。」
ビビは砂竜についての調べものに興味を持ったようで、こうして色々と手助けをしてくれている。
昨日もどこかへ出掛けていたようで、慌てて後を追いかける従者の姿を見かけていた。
「ありがとう。」
「楽しみにしていてくださいね。」
にっこり笑って去っていく後姿を見て、サンジは苦笑を浮かべるのだった。