妖精さんと一緒



 名前を呼ばれたような気がして、止まって辺りを見回したゾロは、ふいに後ろからぶつかってきたものに驚いて、もがいてそれから逃げ出すと、距離を取ってそちらを見やった。
「……サンジ?」
 ふわふわと宙に浮いているのは、蝶の羽根を背負った黒いスーツ姿の妖精だった。ゾロがよく知っている、金色の髪と、不思議な渦を巻いた眉。
「ゾロ!」
 青い目がへたりと垂れて、泣きそうな声で名前を呼んで、それはゾロに抱き着いてきた。
「何処に行ってたんだよ。俺は、そりゃ、必死に探したんだぜ!」
 ぎゅうぎゅう抱き着いて、サンジは叫ぶように言いつのり、ゾロは信じられないものに会ったような気持ちで、ぼんやりとそれを聞いた。
「腹減ってねぇか? ちゃんと、飯食ってたか?」
 ゾロがぼんやりとしているのを心配してか、サンジはそっと離れてゾロの顔色を伺ってくる。
「……サンジ…」
 目の前にいるのは、会いたいと思った妖精のサンジで、心配そうにこちらを伺っていて、それじゃ、あの人間のサンジは何なのだろうと、ゾロは混乱して頭を振った。
「ゾロ?」
 首を振るゾロが酷く驚いている様子で、それが不思議になってサンジはゾロの目を覗き込み、惹かれるままに飴色のそれをそっと舐めた。
「帰ろう。な?」
 手を取ってそう言えば、ゾロは首を横に振った。
「ゾロ?」
 どうしたのだろうと、握った手に力を込めると、ゾロは俯きがちの顔を上げて、サンジをじっと見返してきた。
「……ずっと…お前が、人間になったかと思ってた…」
「へ?」
 いきなりどういう展開なの、と驚いて、サンジはゾロの言葉を待った。
 ゾロはあまり弁の立つ方ではなく、自分の考えている事を伝えるのにとても時間をかけて言葉を選び、選んだ挙げ句に何も言わないという事もないわけでなく、サンジは先を促すのは逆効果だと知っていた。
「こっちに戻って、言われたとこに行ったけど、お前はいなくて、お前そっくりの人間がいて。」
「言われたとこって、俺、住処変えてないよ?」
 こいつ、やっぱり間違ったんだ。とサンジは気付き、ゾロはその言葉に首を振った。
「扉を出て、青いビルに向かって三つ目の家だろ? ちゃんと、俺はそこに行った。」
 違うような気がした事は省いてそう言えば、サンジはため息をついて肩を落とした。
「……だから、復唱しろって言ったじゃねぇか…青いビルじゃなくて、赤いビルだ。」
 今度はゾロが驚く番で、ぽかん、とサンジを見返して言葉を失う。
「まるっきり、反対だ…」
 道理で、探せないはずだ、とサンジは思った。
 ゾロが自分の仕事の範囲を覚えていたとしても、その方向からそこへ辿り着くと、サンジがいる新しい住処はその反対側にあり、遠出を控えるゾロが辿り着けるはずがない。サンジもまさかと思い、近隣しか探していないから、見つけられる可能性はかなり低かったという事だ。
「………で、そこに、俺のそっくりさんがいたのか?」
「世話になってる。」
 ゾロは素直にそう答え、サンジはため息を尽きながら、行き倒れていないだけマシだと思うべきかと悩んだ。
 自分でない誰かにゾロが頼ったのは悔しいが、それが自分にそっくりな人間だったから、という理由なら、ゾロの気分としては、サンジに頼っているのと同じ事だったはずだ。
 見たところ、やつれた感じもなければ、身綺麗にしているし、なかなかいい人間だったのかもしれないとも思うから、選択は間違いではなかったとも言えるだろう。
「そいつのとこに、戻らなくちゃならねぇの?」
「……待ってると思う。」
 食事を用意してくれる事とか、家に連れて帰ってくれる事とか、ゾロはこれまでの事をサンジに話して聞かせ、サンジはそれを聞いて苦笑と共に頷いた。
「じゃ、そいつのとこに、世話になるか?」
 話を聞けば、随分といい人間のようだ。ゾロを気に入っているから世話を焼いていたにしても、ゾロにサンジが着いて行ったからといって、無碍に追い出す事もないだろう。
「……お前は?」
「俺も。…今のとこ、イマイチなんだよな。」
 そう言えば、ゾロは嬉しそうに笑い、大きく頷く。
「そいつが、いいって言えば、だけどな。」
 サンジが言えば、ゾロは少し困ったような顔をし、それでもなんとか頼んでみると請け負った。
「じゃ、行ってみるか。」
「おう。」

 
 
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