一人で出掛けていった小さな妖精が、二人で帰ってきたのを見て、サンジは暫し固まった。
緑の頭の蜻蛉羽根のゾロの隣に立っているのは、金髪の蝶の羽根の妖精。しかも、どことなく、見覚えのある出で立ちだ。
「……いや、俺はもっとスレンダーだ……」
思わず呟いた言葉に、ゾロが不思議そうな顔で見上げてくるのを見て、サンジは首を横に振った。
「そいつは?」
「サンジっていう。俺のお役目の片割れだ。」
ゾロはそう言って、とことことサンジの手元へ寄ってくると、サンジの握った拳にそっと手を置いてぴたりとサンジを見据えた。
「俺は、ずっと、サンジが人間になったのが、サンジだって思ってて、それで、一緒にいたいと思ってた。」
同じ名前の人間が二人いると、説明がわかりにくいな、とサンジは思い、じっとこちらを見据えている小さなサンジに目をやる。
「サンジは、俺の事探しててくれて、でも、俺が帰る場所を間違えてて、それで、今日やっと会えたんだ。」
値踏みするような目で自分を見ているのが、自分よりも遥かに小さい、自分そっくりの生き物であるというのは、なんとも不思議な気分だと思いつつ、自分も同じ立場だったとしたら、同じ態度を取るのだろうともサンジは思った。
「俺達は、人間の世界でしなくちゃならない仕事があって、こっちで暮らす拠点がいるんだ。」
ゾロの必死な説明の先は何となく読めて、この小さい生き物とも、これでお別れか、とサンジは些か惜しい気持ちになった。それならばいっそ、もう一人もまとめて世話をしてしまおうかという気にもなる。
「じゃ、俺のとこで、暮らしたら?」
お別れを言われて、それで引き止めるなんて、なんだかちょっと未練がましいと、サンジは先にそう切り出し、ゾロはそれを聞いて、吃驚したようにサンジを見上げてきた。
「……いいのか?」
まさか、先にそう切り出されるとは思っていなかったゾロは、どう言えば、サンジが自分達を家に住まわせてくれるかと思案していただけに、嬉しいけれど、どうして言いたい事がわかったのだろうと、不思議に思った。
「ゾロが、それでいいなら。」
「サンジも一緒にだぞ。」
「いいよ。」
「……邪魔じゃないか?」
心配そうに問いかけるその表情も可愛いと、指先で頭を撫でてやれば、ゾロは嬉しそうに笑って頷いた。
「ありがとう。サンジ。」
ゾロがそう言うと、離れていたもう一人が傍へ寄ってきて、にや、と笑ってみせた。
ああ、こいつは、俺の考えてる事をわかってるのだな、とサンジは思った。
何せ、ゾロが勘違いをしてもおかしくない程に似通った容姿だ。大きさとスタイルの違いはあれど、何らかのつながりがあってもおかしくないかもしれないという気にもなる。
「サンジ。」
ゾロは嬉しそうに隣に立つ妖精に笑いかけて、ぎゅっとその手を握る。
自分に対する好意の根源には、こいつがいたわけか、と、その様子を見て理解しつつ、それでも特に、腹が立つでもなく、微笑ましく思えるのは何故なのだろうと、仲良くくっついている二人を見て、サンジは思った。
「妖精効果、ってやつだ。」
ゾロが寝入っても、妖精のサンジは意外に宵っ張りで、ついでに料理に興味があるのか、サンジのレシピノートを脇から覗き込んでは、あれこれと話しかけてくるようになった。
妖精と人間の味覚には若干の差があるが、妖精のサンジは料理のセンスがあるのか、サンジと話が合った。盛り付け方や色合いの組み合わせ方などは、そこらの料理人よりもずっといい刺激をサンジにくれる程だ。
そんな妖精のサンジに、ゾロはそれは素直にぺったりとくっついていて、あれは駄目、これは良い、というサンジの指示に従って、大人しく好きなものを我慢したりしている。
その二人の仲の良い様子に、あの役は、俺のものだったのに、とサンジは時折思いつつ、それでも、やはり見ていて気分が和む事を不思議に思って、話のついでにそれを問い掛けたのだ。
「妖精効果?」
「俺たちは、こっちで澱を祓うのが仕事だからな。人の悪い感情とかを消す力があるんだ。」
「……へぇ…」
「それに人間は、小さいものを『可愛い』って言うだろう。小さいものに対する感情が、まず好意的だからな。俺たちは小さくて、人間の言葉もわかって、人間に近い姿をしてるだろう。悪い感情を持たないような意識が働くんだって話も聞く。」
実は、かなり大きな妖精もいるのだが、人間の世界にはあまりそういうのはやって来ない。怖がられても面倒だし、来ても特に良い事もないから、大体の妖精は、自分達の世界でのんびり暮らしているものなのだ。
「なるほどね…」
確かに、ゾロを初めて見た時、小さくて可愛い生き物だと思ったのだと、サンジはその時を思い出した。
「お前らのあの仲の良さは、ちょっと、腹も立つけどな…」
二人で向かい合って、丸くなって眠っている姿など、可愛らしいものの、少々憎らしくもある。
目の前で、サンジがゾロの目を舐めた時など、何事かと思って驚いたサンジがおかしいのかと思う程、ゾロは恥ずかしそうに笑ってみせて、サンジはかなり当てられた気持ちになった。
正直、一人身には寂しいのだ。この小さな生き物に入れ上げて、可愛らしい女性達を遠くにやってしまった自分が悔しい程だ。
「俺も、ゾロみたいな、可愛いのがほしいなぁ……」
ここで、可愛い女の子でも見つけよう、と思わなくなったところがもうお終いだ、とサンジは思い、そんなサンジの様子をじっと眺めていた妖精のサンジは、小さくため息をついて、サンジのペンを手に取ると、ノートの端に地図を書き始めた。
「何だよ。それ。」
「明日、ここに行け。」
それは、サンジが片付けてきた新しい住処の程近くにある、古ぼけたアパートの位置を示した地図だ。
「は?」
「世話になってる礼だ。」
有り難く思えよ。と、妖精のサンジは言い、もそもそと動いて何かを探しているゾロの元へ、ぱたぱたと飛んでいくと、丸くなったゾロを抱えるようにふかふかの枕に寝転がる。
「……何があるんだよ。」
「想像膨らませて行ってくるんだな。」
にやりと笑うその顔が、やはり自分に似ていると思ったサンジは、そのノートを閉じると、部屋の電気を消した。
「外したら、追い出してやるからな。」
返事は返らず、代わりに小さな寝息が二つ聞こえて、サンジは苦笑を浮かべた。
何があるかは知らないが、とんでもないものが待っている事はないだろうと踏んで、明日早速出掛けてみるかと、サンジはのんびり考えた。
「………こんばんは…」
「……?」
不思議そうに見返す金色の目は、舐めてみたら、甘かったりするのかと、ふと小さな二人連れを思い出した。
妖精さんと一緒、完結です。
小さいゾロが書きたかったんだと思って下さると、大変嬉しいです。
可愛くて小さいゾロは、海賊じゃやれない事なので、やりたくなるんです。
すっかり、パラレル書きになってしまった事に気付いて、愕然としています。(2004.6.14)