画面の中で動く彼を己の製作者の背中越しに眺めながら、彼はそっと笑みを浮かべた。
実験用の4号型ロボットと戦うのは、それと同じ顔をした4号型サイボーグだ。そしてそれは、彼と同じ遺伝子を持つ人間。彼のオリジナルだった。
「やはり、人間の機能には限界が見えるな…」
製作者の呟きなど、彼にとって何の意味もない言葉だった。たしかにそれは、自分を作り出した人間かもしれないが、それを感謝しなくてはならない謂れも、それに従わなければならない理由も彼の中には存在しない。
「あれは、新たな改造を受けていないだけ、お前よりも弱い。」
後ろに立つ自分に向けられた言葉も、彼は黙ってやり過ごし、モニターに映るオリジナルの姿を追い続ける。
「体自体が重くて脆いから、あれはあそこまで疲労する。お前には、あり得ない事だ。」
自分の能力を自慢するかのような製作者が、実は4号型の開発責任者になる事はおろか、開発担当者にすらなれなかったのだという事を、彼は既に調べていた。そして、彼がそれを理由に、4号型の主席開発者と、サイボーグ計画の研究主任である、ギルモア博士を恨んでいる事も、彼は理解していた。
しかし、そんな事は、彼にとってはどうでもいい事だった。
彼にあるのは、画面の中で動くサイボーグの事のみ。それ以外のものは、彼にとって、何ら意味を持ちはしない。そこにある事は構わない。だが、それが彼を動かす事はない。そのように彼を作ったのは、背中を向けてあれこれと言葉を繋ぐ男だった。
「お前が、あれよりも優れていると証明されれば、私の立場も上がると言うものだ。」
だから、そんな都合など、彼が気遣ってやる必要のないものとしか思えなかった。
彼の中にあるのは、4号型サイボーグ完成試作品、アルベルト・ハインリヒ。それ一つ。
彼の遺伝子を使って作られたクローンである彼は、彼の設計を元にしてサイボーグ化された。違うのは、各所に改良という名目で、変更が加えられている事。彼を倒す為に作られたのだから、それは当然の事。
同じ物から作られた彼が、旧作を越えられるのならば、それは、製作者の腕の違いとなるのだと言う。
しかし、少し考えを傾ければ、0から10を作り上げた人間と、10を11に改良しただけの人間の程度など、どちらが優れているかはすぐにわかるものだ。しかも、もし、その証明に失敗したのならば、自分の無能さを最大限にアピールする事になるのだという事も、彼は理解していた。
だが、己の製作者が組織内での評価を上げようが下げようが、彼にはそんな事はどうでもいい事だった。
「もう暫くしたら、あれを呼び出して」
振り返った製作者は、彼の右手が自分に向けて構えられている事に気付き、言葉を失った。
「…お前…」
「周り全ては敵だと言ったのは、あんただろう?」
にやりと笑って彼は言い、迷う事無くトリガーを引いた。
もそり、と体を転がして、彼はベッドの上で体を起こした。
「………ジェット…?」
いるはずの人間がそこにいない事に気付いて、名前を呼んで耳を澄ませば、キッチンから音が聞こえてきた。
料理のできない彼が、キッチンでできる事は、コーヒーをいれる事だけだ。それだけは、なんとか教え込んで、自分好みのコーヒーのいれ方を覚えさせたのだ。
そのおかげで、彼はこうしてこの部屋に泊まっていくと、宿代替わりにコーヒーを日に何度もいれる。金の出所は彼の懐ではないが、労力を割いている事で、なんとか納得してやっていた。コーヒーをいれるのも、疲れている時には面倒なものだから。
「……?」
それにしては、不思議なにおいがすると、彼はベッドを降りてキッチンへ足を向けた。
「………あ…」
彼がキッチンの様子を伺うと、困ったようにフライパンの中身を見つめていた赤い頭が振り返って、気まずそうな表情を浮かべた。
「捨てるなよ。」
料理のできない彼は、それでもなんとかそれを克服しようという気があるのか、時折こうして、人が食べるには問題がありそうな料理を作り上げてくれる。
今日の料理は多分、オムレツを狙った、焦げたスクランブルエッグだろう。こんがりと色付いたという表現は、フライパンの中身にとってみれば、相当に控えめな表現だが、消し炭のような。と表現するのは行き過ぎだ。
「ごめん…」
へこむ彼に苦笑を浮かべて首を振り、ハインリヒはそこを通り抜けてバスルームへ足を向けた。
「コーヒー、いれて。」
「うん。」
それに間違いはないから、放っておけばいいのは有り難いが、さて、今日の朝食はどうするか。と、顔を洗いながら彼はぼんやりと考えた。
「ハインリヒ、今日の仕事は?」
「休み。」
キッチンまで戻ると、コーヒー豆を挽きながら問いかけられ、彼は素直にそう返し、朝食の準備に取りかかった。
「じゃぁ、どこか行こう。」
「買い物なら付き合う。」
その返答はジェットの気に入るものではなかったようで、彼は少しふて腐れたような顔で隣に立つ人物を見遣った。
「休みなんだろ?」
「親切な小人も使用人もいない家に、勝手に冷蔵庫の中身が増えたりするか?」
増えたら増えたで気味が悪い事この上ないが、普通はそんな事はあり得ない。掃除をしなければ部屋は汚れるばかりだし、物は食べればなくなる。
「暇になったら呼んでやるから、お前はどこか出掛けてろ。」
「……絶対、呼んでよ?」
ハインリヒがオムレツを一つ焼き上げる頃に、ジェットはコーヒーを二人分用意し終わり、二人は揃って隣の部屋へ足を向けた。
「お前こそ、遊び呆けていて良いのか?」
「息抜きだって、必要だろ?」
しれっと言い切る彼は、現在はワールドグランプリのレーサーなどをやっているとハインリヒは聞いていた。あまり興味がないので詳しくないが、仕事先の人間に聞いてみたところ、彼の名前はそれなりに知られているのだとわかり、驚かされたものだ。
人目をはばかって生きなくてはいけない理由なんてないが、そうまで目立つ仕事についてもいいのだろうか。と思っていたハインリヒの疑問は、同じサイボーグのジョーまでもが、同じクラスのレースに出ているのだと聞かされては、無意味なものとなってしまった。
まぁ、自分とは違い、二人はそれ程、人と違う形をしているわけではないから、それでもいいのかもしれないとも思う。聞くところによれば、最近はレーサーの寿命も短いものだそうで、適当な時間を過ごした後は、また別の道を歩くのだとすれば、それでいいのかもしれない。
「明日には、呼び出し喰らうと思うけどね。」
だから、今日は一緒に遊ぼう。と言いたいのだとは、それでわかったのだが、こちらにも都合があるのだ。とハインリヒは腹の中で反論した。
「見に来る?」
「仕事がなかったらな。」
「日曜だって、言ってるだろ?」
ハインリヒが、ジェットの誘いを受けた事は、レースに限っては一度もない。あまりにもつれないその状況に、ジェットは彼を誘うのをやめてしまった程だ。
「じゃぁ、暇だったら。」
言い直されて、ジェットは小さくため息をついて、椅子に腰を下ろし、目の前に置かれた皿の中身を見て、隣の皿へ目をやった。
「ハインリヒ、それ…」
自分の目の前には、綺麗な形のオムレツが一つ。隣の皿には、半ば焦げたスクランブルエッグらしきものが盛られている。あちらが失敗作の自作のオムレツだと言うのは、作ったジェットはもちろんわかっている。
「俺、そっちでいいよ。」
「俺の作ったものが食べられないと?」
その問いかけと共に差し出されたパンを受け取りつつ、ジェットは首を横に振った。
捨てるなと言われたのは、自分で食べろと言う意味だと思っていたというのに、こういう時、彼はとても優しい。彼のためにと思って作った事をわかってくれている。でも、彼はそうと口にしたりしないのだ。
「いただきます。」
今度は、失敗しないように、最初からスクランブルエッグを作ろう。と、ジェットはふんわり焼けているオムレツを口に運んで心に決めた。
「半分にする?」
焦げた卵を口に運んだハインリヒが一瞬動きを止めたのを見て、そう提案すると、彼は暫く迷ってから、黙って頷き、その品を口に運んだジェットは、自分が随分大事にされているのだと、しみじみ理解した。
視界の先で、何やら楽しそうに笑い、必死の形相で何かを言ってその場を離れた人物を見て、彼は小さく息をついた。
そして、それと別れて別方向へ足を向けた背中に目をやる。
同じ顔、同じ声、同じ遺伝子を持つ、彼のオリジナルが、それだ。
彼の残した様々な資料を元に、彼は作られた。
クローンとして生まれた彼は、オリジナルとは違い、戦闘に関しての情報を教え込まれて育ち、彼と同じ年齢まで育った後、改造を施された。ただ、オリジナルを殺すだけの目的で、作り上げられたのだと、彼は自分の立場を理解していた。
ただの人間として育った彼にできた事が、そうなるべくして育てられた自分にできないはずがないと、たとえ同じ遺伝子を持って生まれてこようとも、同じ人間に育つとは限らない事を理解していた製作者は、サイボーグとして改造を行い、その後の戦闘を行う為に必要な知識を埋め込んだのだ。
彼は、毎日のように武器を持って戦闘訓練を行い、体術も身につけた。それは、ブラックゴーストを逃げ出したサイボーグたちを倒す為ではなく、たった一人の科学者の心を満たす為だけに計画された事だった。
オリジナルを越えるサイボーグを作り上げる事。毎日のように繰り返された言葉は、繰り返した人間の意図を裏切り、彼に何の感慨を持たせる事もできなかった。
ただ、たった一つ、オリジナルの存在を彼の中に植え付ける事には成功し、彼は、たった一人のその人物の事だけを意識して、今ここに立つまで育ってきたのだった。
「……アルベルト・ハインリヒ…」
自分の中で、たった一つ特別な意味を持つ言葉を口にして、彼は、それを見た人間の心を冷やすような冷たい笑みを口元に浮かべた。
黒44です。まだ、今のところ。でも、24です。今のところ。
クローンが育っているので、時間設定はアニメ版。でも、その他は原作に寄っていたい。でも、はっきり言って、オリジナルのようなものです。
機々械々編を読んで、私なりに考えたあの話の背景。ロボットを作ったのがロボットであるわけはないので、ロボットを作った人間がいて、その人間は、実験として、004との対決を行ったと考えます。では、004でなくてはならない理由と、テストをせねばならない理由は?という事で、彼の存在が設定されたわけです。
話の内容は、原作、アニメとはリンクしません。日本を離れた後のハインリヒの一時期の生活を描く事になると思います。サイボーグで姿を見せるのは、2と4だけではないかと、考えています。
題名は、ポルノグラフィティの「mugen」から来てますが、内容は関係ないです。因みに、最初につけた題名は、「夢か現か(ゆめかうつつか)」でした。イマイチピンと来ない題名ですね…センスないなぁ。(2002.6.26)