誇りをもって語る事ができますか
ふと目に入った文字を見て、通り過ぎようとしていた歩みを引き戻したサンジは、それをじっと見つめた。
『己の過去を、誇りを持って語る事ができますか。』
本のキャッチコピーらしいその言葉は、新聞の中で、一際力強い問い掛けを発していた。
「……過去ね……」
自分の過去を振り返ると、未だにサンジの胸の中には後悔が湧き上がる。誰に何を言われても、何を考えても、まだそれは、後悔を引き起こす過去だ。とても、誇りと共に語れる内容ではない。
そう考えて、彼はどうなのだろうかと思った。
『海賊狩りのロロノア・ゾロ』
同じ船に乗る、嘗てその名を東の海に響かせた人物。
自分の過去を、彼が語るところを見た事はない。そして、彼はそれを語らない為か、人の過去も聞こうとはしない。彼には、今ここにあるものと、やがて来る未来が全てなのかもしれない。
彼は、自分の過去をどう思っているのだろう。
「……誇り…」
何の迷いもないように、前だけ見据えて生きている彼は、自分の過去を、どんな気持ちで語るのだろう。
その中に、後悔や、苛立ちを感じる事はあるのだろうか。
その島を見つけたのは、見張り台に立っていたウソップだった。
「島が見えたぞ~~!!」
盛大に叫び声をあげたウソップに、ルフィとチョッパーが喜んで船首に駆け寄るのは、いつもの光景だ。そして、それに遅れて甲板に駆け出してくるナミと、ゆっくりとした足取りで笑みを浮かべてその光景を眺めるロビンも。
「寄るのか?」
昼寝ではなく鍛練をしていたらしいゾロが、船尾甲板から姿を見せ、ナミに問いかけるのは、確率として4分の1と言ったところだろう。
「寄らないわけはないでしょう。」
あれをご覧なさいよ。と、ナミは笑って船首にいるルフィのはしゃぎぶりを指差し、ゾロは苦笑を浮かべて頷いた。
「大きな街でもあるのかしら?」
ゾロの反対側からロビンが問い掛け、ゾロもナミの表情を伺う。
最近のゾロは、ロビンへの警戒を解いているが、苦手意識は残っているらしい。時々ぎこちない様子を見せるものの、わざわざ避けて通るような事はしなくなった。そんな様子を、サンジは微笑ましく感じているのだが、そんな事を言えば、ゾロの機嫌を損ねるのは間違いなく、何がその心境の変化をもたらしたものか、聞けないでいた。
「それほど大きくないけれど、この辺りの島の中では大きい方だから、期待していいと思うわ。」
ゴーイングメリー号の行き先は、ナミの判断とルフィの気分で決定される。その為に、ナミが日々海図を調べ、新たな海図を書き記している事を、船の誰もがよく知っていた。
サンジも、多分、ゾロも、そのナミの努力に感謝しているし、誰もが、ナミに信頼を寄せている。
ナミが言うのならば、間違いがないだろうと。
「サンジ君、食料の買い出しはどれくらい必要なの?」
キッチンから出てきたところに問い掛けられて、サンジは必要な物をざっと並べ、必要だと思われる金額を提示した。
「……どうして、こんなにお金が掛かるのかしらね…」
麦わら海賊団には、収入がない。それぞれが、それまでに持っていた金銭が全てで、その殆どは、ナミが手に入れたものだ。その為に、当然、船の金銭管理はナミが行なう事になり、サンジは買い出しの費用もナミの手から受け取るのである。
「大食漢がいますからね…」
船長のルフィの食欲はただ事ではない。なければ食べないと言うのに、あれば食べる。食卓に並ばなければ我慢するのかと思いきや、船に食料が積まれている限り、それは当然食べられる物と考えているのか、手は止まらない。ならば、積み込む量を減らせばいいかと言えば、航海に絶対は有り得ない故に、そんな冒険には出られない。
特に、サンジは食料がなくなるという事に、未だにかなりの恐怖感を感じている。過去に餓死しかけた事よりも、それによって自分に起きた心境の変化や、そこで起きた事柄が、サンジに恐怖感を抱かせるのだ。
飢えて静かに死ぬだけならば、それほど恐ろしい事だとは思わない。もちろん、死ぬのは嫌だ。けれど、それよりも、飢えから争いが起きる事を考えると、その方が恐ろしい。幼かった自分が、ゼフを殺して食料を奪おうと思ったように、この船の中で、互いを狙うような事など、考えたくはない。
今こうして、互いを認めあって、互いを生かす為にここにいる自分達が、飢えて自分が生き残る事だけを考えるような事になるのは、耐えられないと思う。
「あんたも、自分が手に入れた金くらい、ちゃんと自分で保管してればいいのよ。」
ナミはゾロの横腹にパンチをくれて文句を言い、サンジはその内容に首を傾げた。
「どういう事?」
時々、街に寄った際に、船に金が増える事がある。もしかして、ゾロがその金を持って来ているという事なのだろうかと、サンジは首を傾げた。
「こいつ、海賊捕まえて手に入れた金、その街の誰かに預けてるのに、どこに預けてるか覚えてないって言うのよ!」
海賊狩りとして名を馳せていたゾロだが、それにしては、持ち金が少ない。とは、サンジも思っていた。
イーストブルーの懸賞金額は少ないが、それでも、『海賊狩り』などという異名まで付けられたからには、かなりの数とレベルの高い賞金首を捉えてきているはずだ。ならば、もっと懐に余裕があってもいいような気はしたのだ。
しかし、誰かに預けたきり、というのは、なんともゾロらしいと言うべきだろう。
「しかも、何でだか知らないけど、その預け先が、グランドラインに入ってから出てきたりするのよ!」
一体、この迷子は、どうやってこれまで生活してきたやら。と、サンジは小さくため息をついた。
ゾロの方向音痴は筋金入りだ。しかも、当人に自覚がないから、見当違いの場所を移動していても、全く迷いがない。だから、イーストブルーにいる気で、全然違う場所に出没しても、ゾロならばあり得ると、思ってしまう。
「……あれは、引っ越したって言ってたんだ。」
ゾロは、さすがにその点には訂正を入れたが、それもどうだか、と、サンジは思った。
「今度の島にも、そういうのがいると助かるけど。」
ナミはそう言い、ゾロは自分の言い分が全く聞き入れられていない事と、ナミの向こう側で、おかしそうに笑うロビンを見て、小さく舌打ちすると、船尾へと戻って行った。
『君の誇りと僕の過去』とどっちがいいだろうかと、数分間考えた。題名考え付いたの大分前で(というか、書いたのが去年なのだが)、すっかり、題名忘れてたので、あの時どちらを浮かべてたのか、今でも思い出せない。仮題は『過去』。こいつは困った。
とりあえず、本にするのはやめて、ネットでアップ。予定では、明るくもなく、暗過ぎず、という感じで。なので、恋愛小説をお求めの方には、お薦めではないです。(2004.1.8)