僕の誇りと君の過去<



 サンジがその気配に気付いたのは、買い物の途中、いつもなら、隣で店の物を眺めているゾロが、背後に立って通りの方を眺めている事に気付いてからだった。
 背中を守ってくれている、というのは勿論だが、これは、どちらかというと、ゾロが背中を任せてくれているのに近い事だと、サンジは最近やっと気が付いた。
 海賊なんてやってる上に、賞金首が三人乗っている船だ。それなりに、町に出る時は気をつけるべきだと、ナミやウソップは主張するが、ルフィやゾロがそれに同意する事はなく、どこへ行くにも手配書通りの服装で素顔を晒している。こうして町に出て、賞金稼ぎに目を付けられてもおかしくはない。
「……知り合い?」
「知らねェと思うんだが…」
 思うけれど、どこで恨みを買っているかわからない。と、続けたいのだろうと思って、サンジは苦笑を浮かべる。
 海賊になる前は、海賊狩りだったゾロは、東の海では有名だった。グランドラインに入ってからは、あまり海賊狩りであった事は知られていない。けれど、海は繋がっているし、各地に拠点を持つ海賊もいる事だろう。どこで、昔の因縁を持ちかけられるかはわからないところだろう。
「雑魚は覚えてられねぇからな…」
「雑魚って、お前ね…」
「人、少ねぇ方、どっちだ。」
 買い物を中断して、とりあえず気掛かりを片付けるべく、並んでゆっくりと歩き始めれば、その気配は隠れる事もなく、後を追ってきた。
「お前、戦った相手は、覚えてんのか?」
「自分から突っ込んでくのに、覚えてねぇわけねぇだろ。」
 どうやって、目標見つけんだ。と、ゾロは呆れたようにサンジを見やり、先程言った雑魚と言うのは、あちらから掛かってきた者達の事かと、理解した。
 確かに、自分より強い相手に掛かっていくからこそ、戦って強くなれるのだから、自分より弱い人間に戦いを挑んでくる者など、単なる喧嘩好きだろう。
 一人で海にいたゾロが、世界一を目指す為に賞金稼ぎをやっていたなら、自分より弱い賞金首を狙いに行ったとは考え難い。賞金稼ぎになりたかったわけじゃないと、言っていたような記憶がサンジにはある。ならば尚更、弱い者を相手にしていたとは考え難い。今だって、ゾロは自分より強い者を追い求めているのだから。
「……でも、相手は、お前に掛かってく意味があるわけか…」
 ロロノア・ゾロを倒せば名が上がると思っているという事は、ロロノア・ゾロよりも知名度が低いという事だ。空島に上がる前、ルフィを追い掛けてきた奴らがいたが、あれはルフィよりも知名度が低かったわけだなと、サンジは納得する。
「で、あれは雑魚…と。」
 鷹の目のミホークが、戦いの最中にゾロの名前を聞いた時も、何を今更。とサンジは思ったのだが、ゾロに言わせれば『雑魚』という、その他大勢と同じ位置にいた者が、『ロロノア・ゾロ』という名前を持った人間として認識されたという儀式であったわけで、ゾロがあの場で自分の名前を真直ぐに答えた事も、彼等の間では、重要な事だとわかっていたというわけだ。
 そして、今後ろをつけてくる何者かは、ゾロにとって『雑魚』に過ぎず、それが個人として認識されるかどうかは、戦ってみなくては、わからない事なのだろう。
「お前、さっきから、なにブツブツ言ってんだ?」
 隣を歩いていたゾロが、不思議そうに問い掛け、サンジは首を横に振ると、くるりと後ろを振り返った。
「俺らに、何か用でもあんのか?」
 人の姿のない港の一角まで誘い出された事に、相手が気付いているのかどうかはわからなかったが、それは酷く荒んだ目で、ゾロを見ていた。
「俺が用があるのは、ロロノア・ゾロだけだ。」
 あっさり切り捨てられて、サンジは小さくため息をこぼし、邪魔にならないようにと脇へ避けた。
「俺は、お前を知らねぇけど。」
「俺は、お前を忘れねぇ!」
 見るからに、堅気とは思えないその男は、唾を飛ばす程の勢いで叫んだ。既に、目は血走っており、冷静さなど欠片も見当たらなかったが、男は腰の剣には手を掛けてはいなかった。
「5年前だ。お前は、俺の船に現れて、俺達の頭を斬って、海軍に売ったんだ。」
「……」
 ゾロは、その言葉を聞いて、暫く記憶を辿ってから、小さく、ああ、と呟いた。
「船の戦闘員は殆どお前に斬られたが、生き延びた奴らが俺に教えてくれたんだ。お頭はお前と戦って、海軍に連れて行かれたってな。俺達は、本拠地に戻った。そこを、海軍に叩かれた。奴らは、お頭が自分達が助かる為に、俺達の事を喋ったんだと言った。俺は逃げられたが、お前がお頭を売ったせいで、仲間は殆どが死んだ。ガキ一人のせいで、俺の人生はズタズタだ!」
 ありがちな話だよな、と、サンジはその言い分を聞いて思った。当人にとってみれば、そんな意見は考えもしない事かもしれないが、賞金稼ぎに捕えられた賞金首の行く末なんて、そんなものだろう。海軍だって、聞くだけ聞き出したら、そのお頭とやらも、殺したのだろう。
「海軍に見つからねぇように、転々としながら生活してりゃ、てめぇが賞金首になってんじゃねぇか。だったら、俺がお前をとっ捕まえて、海軍に売ろうと、構いやしねぇって事だろう!」
 そこまで言ってやっと、男は剣に手を掛け、動かないゾロを確認するようにそちらを見たサンジは、呆れたように男を眺めていたゾロが、明らかに怒りを滲ませている事に気付いた。
 こういう時に、一番戸惑うのだが、ルフィとゾロの怒りのきっかけと沸点は、サンジにはさっぱり予測が付かない。サンジが怒りを感じる時に平気な顔をしているかと思えば、何がそんなに気に入らなかったのかと思うような事で、怒り狂っている時がある。
 今も多分、サンジが考えもしないところに、怒っているに違いないのだろう。
「確かに俺は、5年前に海賊の頭をやってた賞金首を一人捕まえて、海軍に持ち込んだ。手下けしかけて、自分は逃げようとしたみっともねぇ奴だった。」
「なんだと!」
「自分が助かりたくて、海軍に手下売ったなんて、想像通りで笑えるくらいだ。外道はどこまでいっても、外道だな!」
 ゾロは、目の前の男ではなく、その、昔捕まえた賞金首に怒っているのだと、サンジは気付いた。
 彼等の船長であるルフィは、変なところで潔癖だ。仲間をぞんざいに扱うのを何より嫌う。ゾロにも、そんな雰囲気が時折見える。その反対に、仲間や周りの誰かを大切にしている人間に、彼等はとても好意的だ。
「そんな奴より、悪し様に言われるなんざ、我慢ならねぇ。てめぇは、俺が賞金首を海軍に売ったのと、海賊の頭が部下を海軍に売ったのを、まるで俺の方がひでぇ事をしたかのように言うが、どっちがマシかくらい、足りねぇ頭でも、考えりゃわかる事だろうが!」
 自分に対して怒っているわけではない事に気付いたらしい男は、戸惑うようにゾロを見返し、何事かを言い返そうとして、それに失敗した。
 あの顔で睨まれて怒鳴り付けられたら、そうそう簡単に言葉は返せないだろうと、サンジは思った。
「……そ…それでも、お前は…」
 なんとか必死に言葉を口にした男を、ゾロは鼻で笑った。
「俺は賞金首で、お前は元海賊のただの飲んだくれ。だったら、俺はお前の飯のタネだ。お前が、俺を捕まえて海軍に売ろうってのは、間違った考えじゃねぇ。だがな、それなら、俺とお前の過去にどんな因縁があろうと、そんなもんは関係のねぇ事だ。お前は俺を見つけた時に剣を抜いて掛かって来ればいい。昔話なんか聞かせる必要なんざねぇ。」
 そんなもん聞かされたくらいで、俺の腕は鈍らねぇよ。と、ゾロは言い放ち、それでも、剣に手を掛けなかった。
「………」
「てめぇが剣を抜いたら、俺は勝負を受ける。仲間見捨てて逃げて助かった命、ここで捨てるか?」
 ゾロが、殺してやると言ったのだと、サンジは暫くして気付いた。切り返してるうちに、目の前の男にも、怒りが湧いてきたのかもしれないと、最後の一言を思い返して考えた。
「今ならまだ、見逃してやる。命惜しんで逃げ回ってろよ。」
 ここで、怒って突っかかってくる人間だったら、海軍から逃げ回った挙げ句に、赤ら顔で荒んでいるような人間にはならなかっただろうと、背中を向けて走り出した男を見送って、サンジはぼんやり思った。
「………気分悪ぃ…」
 ガッと、足元の石畳を蹴りつけて、ゾロは小さく呟き、サンジは苦笑を浮かべた。
 羨ましい程に潔い男は、暫くその不愉快さを足元に叩き付け続けて、頭を掻きむしってから、顔をあげてサンジを見た。
「変なもん見せたな。」
「……気にすんな。行くぞ。」
 先に立って歩き出せば、ゾロは黙って後を追い掛けてきた。
 ゾロが、何か悪い事をしたから賞金首になったわけでなくても、自分がそれを理由に狙われる事に、納得しているらしい事は、サンジにとって驚きだった。
 きっとそれは、自分が歩いてきた道にも、関わる考え方なのだろうけれど。

 
 
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14歳のロロノア・ゾロの選択の結果。なんのかのと言って、ワンピキャラは結構皆潔癖なので、こういうのは嫌うだろうなぁと、思います。サンジは、大人ぶってるので、斜に構えて笑ってやり過ごしそうな感じがします。
次でサンジとお話をして終わりです。

(2004.3.3)



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