思い出

 遠い昔、自分が自分で無かった頃、そんな頃の思い出。
 私は、ふとその時のことを思い出した。
 その頃の私は今とは違う国で王様になっていた。決して良い王様で無かった事だけは確かだ。
 少なくも私が笑いながら出した命令で三桁ぐらいの人が不幸になっていた。
 どんどん。どんどん。
 人が死んでいく。
 それが当時の私には愉快で、楽しくて仕方なかった。
 人の不幸とは何と甘い蜜であろうか。
 どんどん。どんどん。
 私は命令する。人はその存在があまりにもちっぽけであるかのように簡単に死んでいく。
 どんどん。どんどん。
 どんどん。どんどん。
 私はそこで何かの叩く音に気付いた。
「宅配便ですが」
 いつの間にか眠っていたようだ。
 私は荷物を受け取り、中を開けてみた。
 ぎょっとした。
『世界の残酷史』
私はそんな本など頼んだ覚えなど無い。しかし、宛名は確実に自分のものだ。どこから来たのか調べてみようとしたが、何も書かれていない。というより、今のは果たして宅配の人だったのだろうか。
 私はあわてて外に飛び出し、今の人を探すが、当然の様にその姿はどこにも無かった。
「一体どういう事なんだ……」
私はうすら寒いものを感じながら部屋に戻る。
 そして、例の本を手に取ってぱらぱらと覗いてみた。
 当然と言うべきだろうか。それはあった。ページにして四分の一程度ではあったが、私にはわかる。
 私はそこに載っていた。
 その瞬間に感じたのは恐怖だ。
 誰かが私を知っている。しかも、今以前の私だ。
「誰なんだ」
私はそう呟きながら、本をたたみ、棚の中にしまった。
 少しばかり考えてみたが答えなど出るはずが無い。
 不条理に満ちた謎なのだ。
 取り敢えず、その日は眠ることにした。
 そして。
 夢を見た。
 大勢の人が一人を囲んでいる。
 虐げられている。
 あれは誰だ。
 覚えてる。
 そうか。自分だ。もう誰も私に従わないのだ。
 無理も無い。誰がこんな王を認めるだろう。人々は正しい選択を選んだのか。
「良かった」
私は自分の出した声で目覚めた時、自分が涙を流し続けていることに気付いた。
 この涙は何の為なのか。誰の為なのか。それが私自身にもよくは分からなかったが、ただものすごくほっとした。
 急に胸がすっとして軽くなった。
 私の為に不幸になった人はこれでいなくなったのだ。死んで良かった。
 私は心からそう思った。
 その時。
 世界の残酷史が「襲って」きた。
 私は何が起きたか理解できなかった。
 世界の残酷史は本にはさまれ、動くはずがないのに棚から落ちてきたのだ。
 私は鈍い痛みと、激しい衝撃に見舞われながら、ゆっくり気を失った。
 次に目覚めた時、私の前に一人の男が立っていた。
 あの宅配屋だ。宅配屋はさも嬉しそうに私に話しかける。
「突然の不幸の味はどうだ?」
私は無言でゆっくりと首を振る。男はもっと嬉しそうな顔をする。
「前じゃ駄目なんだ」
私は固まる。
「やられてもしょうがない時にやっても駄目なんだ。お前に与えたいのは突然の不幸。理不尽なんだ」
 私は昨日の夢で流した涙の意味をふと理解した。
「覚悟はさせない」
男はそう言うや否や、私に向かって世界の残酷史を放り投げた。
 確かに。
 覚悟する暇など無かった。
 そして、私は次の報いへと向かった。
 
                        終

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