不公平な世界



 倉庫から戻ったセンカとカカシは、食堂のテーブルについているサスケと、奥でお茶の用意をしているイルカを見て、やはりどこも自分達と変わらないような気がすると思い、顔を見合わせた。
「センカさん、これ、うちの村からイルカがお世話になってるお礼です。」
 二人が入ってきたのを見たサスケは椅子から立ち上がり、大きな布袋から、幾つもの袋を取り出してテーブルに並べた。
「そんな気を使わなくてもいいのに。」
 礼を期待してイルカを雇ったわけでなし、イルカは払っている賃金以上に働いてくれていると、センカは思っていた。
「うちの村は貧しいから、あまり大したものじゃないですし、うちの村の人間がお世話になっているのに、お礼もしないわけにはいきませんから。」
「……それじゃぁ、頂くね。」
 サスケの強い口調に押されるように、センカは頷き、テーブルについた。
「これ、料理用のナイフです。1本しか用意できなくて、申し訳ないんですけども。」
 サスケはそう言い、奥からお茶の用意を持って戻ってきたイルカが、横から問いかける。
「レナスの?」
「あそこくらいしか、うちの無理は聞いてくれないからな。」
 二人の言葉を聞きながら、包みを解いたセンカは、そこに包まれていたナイフの見事な刃紋に言葉を失った。
「……これって、所謂、垓紫の鉄器、だよね?」
 垓紫の武器は大陸中でもっとも高級な物との認識がされている。それを鍛える人間の腕はもちろん、使われている鋼の純度も違うのだと言われていた。
 それが、目の前に、『料理用』と言われて存在することが、センカには俄には信じられなかった。
「垓紫の鉄器?」
 不思議そうにイルカに問い掛けたサスケに、イルカは軽く頷いた。
「レナスは、鍛治氏の村の中でも、日用品を中心に鍛えている村なんです。武器よりも、値段は安いので、俺たちの村はそことよく取り引きをしてるんですよ。」
 イルカの説明を聞き、センカはそれを再度見遣り、それからサスケに問い掛けた。
「でもこれ、凄く高いんじゃないのかい?」
「今回は無理を言ったから、イルカの真珠も渡したけど、普通はそんなにならないし。」
 そう言ったサスケは、次に小さな袋を取り出してセンカの方へ押しやった。
「あんまり、大きくないんだけど、数はあるから。」
 丸い粒が詰まっているらしいその袋を受け取り、縛ってある袋の口を開けたセンカは、それをそのまま押し返した。
「ごめん。これは、絶対に貰い過ぎだと思う。」
 垓紫の西部の特産品である鉄器と、東部の特産品である真珠。その二つを、大したものじゃないと言い切ったサスケの言葉が、センカには信じられなかった。
 イルカのこれまでの話を聞いても、垓紫は貧しいのだと思っていた。ならば、これをただで差し出している場合ではないと、センカは思う。
「そんなことはないと思う。これはお礼をする為に村の子供が採ってきたものだし、これくらいじゃ、ナイフの一本にもならない程度だから。」
「………でも、こんなの街で買ったら、幾らになるかわからないよ?」
 この人たちは、自分達の持っているものがどれほどの値段で取り引きされているのかを、知らないのだとセンカは気付いた。
 垓紫の真珠は、凱華でも相当の地位にあって、裕福な人間が持つものだ。真珠が採れる地域は、垓紫には限らない。それでも、最も品質が高いと言われているのが垓紫の真珠だ。それに、垓紫の真珠はその大きさでも有名なのだ。
 親指の先ほどもある大きさの真珠を、隣国の聖鸞の国王が王冠に付けているというのは有名な話だ。その王冠を飾る10の真珠を得る為に払われた代価は、際立った産出物のない垓紫の生活を潤したと言われている。
「そうなんですか?」
 イルカもセンカの主張に首を傾げ、サスケも不思議そうな顔でそれを聞いていた。
「そうだよ。こんなにあったら、うちの薬草庫が三つは買えると思うよ。」
 その言葉には、二人は相当驚いたようで、じっと突き返された袋を眺めている。
「……でも、真珠は領主様が値段を管理してくれているから、高く買ってもらえる仕組みだからな。」
「個人売買はしないの?」
「国外に出ない、物々交換に近い方法での取り引きはいいんだけど、国外の商人には自由には売れないんです。買い取ってもらえる数も決まっているし。」
 領主の権限で値段を設定しそれを買い上げ、国外へ売り出し、値段の急落を防ぐのが、その目的だった。需要と供給のバランスと、その品質を管理することで、垓紫の真珠は付加価値を持ち、評価されるのだ。
「ここにあるのは、『垓紫の真珠』と呼ぶわけにはいかない真珠なんだ。だから、これを売る時にも、垓紫の物だと言って売られると困るから、言う程高い値段にはならないと思う。」
 垓紫では、買い取られなかった真珠を手元に置いておくことは許される。祭の時期に身を飾る為に使う女たちもいるし、恋人に贈る男たちもいる。子供達は、いずれそれを仕事にする為に、海に潜っては年に二つ三つの真珠を集めることを許されている。
 イルカも、そうして集めた真珠を幾つかもっていたし、サスケも同じように20近い数の真珠を持っている。売る為に採ったものではないから、子供達はそれを互いに自慢しては宝物として保管し、今回のように、何か事があった時には、それを差し出す事になっていた。
「これ、イルカの。」
 思い出した、と小さく呟いて、サスケは袋の中から包みを二つ取り出した。
「鉄芯、これないと、ダメだろ?」
「助かったよ。この間、送ってほしいって、書くべきかどうか、迷ってたんだ。」
 イルカは安堵の息をついてそう言い、包みを開けて笑みを浮かべた。
「それが、イルカさんの武器ですか?」
 それまで黙って成りゆきを見ていたカカシが、布に包まれた何本もの鉄の棒を見て問い掛けた。
「はい。」
「どうやって身につけるの?」
 センカも興味津々の様子で問い掛け、イルカは苦笑を浮かべてそれを手にとった。
「両腕両足に付けておくんです。残りは腰から下げておくのが普通ですね。」
 そう言って、イルカは左腕に革の甲を付けた上に、3本の鉄芯を乗せ、手首の位置に付けられたベルトを巻いて固定し、ベルトと肘の中間の位置の辺り、丁度鉄芯の頭の辺りに、細いワイヤーのような物を巻き付けた。
「それは?」
「指に先を巻き付けて、このワイヤーの弛みを調整するんです。」
 そう言ってイルカは小指と親指にワイヤーを巻き、革ベルトを外し、更にそこにワイヤーを巻いた。
「これで、装着完了です。」
 腕を振って、それが外れて落ちないのを示した後で、イルカが指を動かし拳を握ると、真ん中の1本が滑り降りて拳の先に鉄芯の先の刃が伸びた。
「基本的に投げて使うので、更にこれにワイヤーも括っておかないと、なくしやすいって言う、困った面もあるんですけどね。」
 笑うイルカの前に座っていたセンカは、不思議そうにその様子を眺め、世の中には、自分の知らない事も沢山あるものだとしみじみ思った。
「それ、触ってみてもいい?」
 武器と言うのは、自分の身を守る為に持つ物であると共に、自分以外のものを傷つける為にもある。だからこそ、武器を扱う人間は、それを他人に触られる事を嫌がる事が多い。そう問いかけるのは、センカにとっては自然な事だった。
「どうぞ。」
 イルカはそんな事を気にする様子もなく、あっさりと頷いてみせ、センカは手を伸ばしてその1本を手に取った。
「……」
「センカさん?」
 不思議そうに問いかけられ、センカはそれをカカシの方へ差し出した。
「何?」
 受け取ったカカシは、直後手首に掛かった負荷に思わずそれを取り落としそうになり、慌ててそれを支えた。
「……イルカ、これ、何本つけるの?」
 1本で二人にとっては充分に重い鉄芯を、イルカは既に3本腕に付けているが、テーブルの上には、20本近いそれが並べられているのだ。
「両足まで付けたら16本ですね。普段は、腕に4本ずつと右足に1本しか付けないので、9本ですけど。」
 その答えに、センカとカカシはやはり、彼等は作りが違うのだとしみじみ思った。多分、センカはこれを2本腕に巻いたら、その腕を顔より上の位置へ持ち上げる事はできないのではないかと思う。その上、足にまで付けたとなったら、歩くのが精一杯で、走る事などできるとは思えなかった。
 だが、薬師の採取の旅において、モンスターと戦う事は常の事であるし、薬材が生物であった場合は、それに勝る力で当たらなくてはならない為、走るのは当然の行動だ。馬に乗れるのならば、それを代わりにする手はあるが、イルカは馬には乗れない。ならば、その足で走っているはずなのだ。
「……凄いねぇ……」
 多分、何が凄いと言われているのかわからないであろうイルカにそう呟いて、センカはカカシに持たせていた鉄芯を両手で受け取り、テーブルの上へ戻した。

 
 
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