「ここですか?」
「腕はいいですよ。垓紫の鍛冶師には劣りますけど。」
カカシの言葉に、イルカは小さく頷いた。
垓紫の特産品と言えば、鉄器が真っ先に上げられる。西部の特産とされているが、正しくは、南西部である。垓紫の北は、何もかもが平均的で、目を見張る程の高水準の品は少ない。南は、ほぼ全てが平均を下回るが、これぞと言う品は、大陸中でもトップクラスの評価をうけているという、酷くバランスの悪い地域だった。
その垓紫の鍛冶師と比べて、腕が上だと言われたら、イルカは端からその腕を信用しなかったろうと思う。
カカシが扉を開けて中へ入るのに続いてその店に足を踏み入れると、店の奥には大柄な男が座っていた。
「おう、久しぶりだな。」
カカシを確認してそう声をかけた男は、後ろに続いたイルカを見て首を傾げた。
「誰だい?」
「うちの同居人。武器を作ってもらいたい。」
カカシが言うと、男は立ち上がってテーブルの前まで戻ってくると、二人に腰掛けるように示した。
「武器って、何が欲しいんだ?ナイフか?」
問いかける男は真直ぐにイルカを見ており、イルカは困ったようにカカシを見た。
「何でも、言えば作りますよ。」
その返答に、ごまかして帰る事は出来ないらしいと諦め、イルカは椅子に腰をおろして小さく息をついた。
「投擲用のナイフの刃をおとして、先を尖らせたようなのがいいんです。」
その言葉に、鍛治師の表情が困惑に変わった。
「何だって?」
イルカはカカシも驚いているのを見て、ため息をついた。
「長さはナイフの長さで、矢のような形にしてもらって、でも羽根はついていなくていいんです。」
自分の使う武器を何と説明すれば通じるのかがわからず、イルカはそう説明をする。
「……ボウガンの矢の羽根を取ればいいのか?」
「それで、全部鉄で作ってもらいたいんです。」
更に重ねると、鍛治師もカカシも更にわからなくなったような顔でイルカを見ていた。
「イルカさん、持ってるの見せた方が早いと思うんですけど。」
「………持ってないです……」
代用品は持っているのだが、それを見せるのはできるならば避けたい。本当に、代用品なのだ。
「センカが、持ってるって言ってましたけど?」
「あるなら見せてくれ。どうにもイメージが湧かねぇよ。」
じっと二人から見られ、イルカは視線を辺りに飛ばした。
「イルカさん?」
「………嫌です。」
そう答えたイルカに、カカシはため息をついて手をイルカの腰へ伸ばす。
「ヤですって!」
ぴし、と手を払い立ち上がったイルカは、後ろから伸びた手にベルトに吊るしていた物を掴まれ、慌ててそれを押さえようとし、その手をカカシに捕らえられてしまう。
「………鉄串?」
ちゃりん、と軽い音を立てたそれを見て、二人が呆然と呟き、イルカは大きくため息をついた。
「イルカさん?」
「こりゃ、串焼き用の串だろ?」
信じられないと呆れた風の言葉に、イルカは情けない気分で頷いた。
「だから、嫌だって言ったじゃないですか……」
武器を持たずに出てきた為に、とりあえず使い慣れた物の形をしたそれを譲ってもらったのは、凱華の港町だった。なんとか無事にそれで渡ってきたが、鍛治師に見せるのは大変恥ずかしい品だった。
「………」
呆れた顔をしながら、鍛治師はそれを手に取り、その先に指を当て、そこが鋭く研がれている事に慌てたように手を離した。
「あんたが研いだのか?」
「……はい。」
うなだれるイルカを眺める鍛治師の指先には、血が小さな玉を作っていた。その鋭さに驚きつつも、その細い鉄串は、獣を仕留める力があるのかと、疑問を感じずにはいられない品だった。
「これっぽっちの強度じゃ、そこらの甲虫を仕留めて精一杯じゃないのか?」
「これだって、人ぐらいなら仕留めます。」
俯いていた顔を上げたイルカの返答に、カカシはぎょっとしてイルカに目を向けた。反論に例を上げるのは当然だが、それに人を選ぶというのは、イルカの性格としてはないものと思っていた。それに、その反論では、人を仕留めた事があるかのような印象を受ける。
「甲冑着ててもか?」
「継ぎ目があるなら、勝てます。」
イルカは更にそう請け負い、鍛治師は暫くその表情を伺い、そして大きく息をついた。
「これよりも短くて、太いのがいいんだな?」
「そうです。指を思い切り開いた位の長さで、丸いよりは四角の方がいいです。」
たとえ鉄串と言えども、形が見えた事で納得したのか、鍛治師は紙に形を描いた。
「弓は?」
「手で投げますから、必要ないです。」
イルカはあっさりとそう言い、鍛冶師がテーブルに置いた鉄串を腰のベルトに下げる。その様子を見て、カカシは、人に見せるにはためらいがあるが、なくすわけにもいかない大切な武器であるのは確かなのだろうと思った。
「それじゃ、威力が足りねぇだろう?」
「武器が弱ければ、意味がないですね。」
その言葉に、鍛治師の表情が固まったのを見て、カカシはどうフォローするべきか言葉を必死に探しはじめる。イルカが言った言葉は、お前の腕にかかっているのだ。という意味ではなく、使えなければ、お前の腕が悪いんだ。という意味だとしか思えない。これから仕事を頼もうという相手に掛ける言葉ではない。そして、この鍛治師は、気に入らない客は追い返すという性質を持っているのだ。たとえカカシが連れてきたと言っても、断りかねない言葉だった。
「……」
「………」
睨み合うような二人に、カカシは、戸惑いつつその様子を伺っている他に手を見つける事が出来なかった。
「とりあえず、試作品を1本作ってもらえますか?使えない物に払う金はありません。」
更に重ねられた言葉は、いつものイルカからは想像もつかない程に、喧嘩腰で強い口調で発せられた。
「俺の腕が信用ならねぇって言うのか?」
「俺の命が左右されるんです。あなたの腕がどうと言う問題ではありません。」
薬師の持つ武器は、剣士の持つ武器と意味合いは近い。なまくらを持っていられる程、薬師の旅は平穏なものではない。ただ、それをそう認識しているのは、薬師以外にはまずいないものだが。
「………わかった。」
カカシに目を向けた鍛冶師が、深く息を吐いてそう答えるのを聞き、イルカは笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします。」
その声の豹変ぶりに、カカシは苦笑を浮かべる。イルカも、イルカなりに思うところがあるのだろう。いつもの穏やかななりであれを示しては、まともな武器など作られなかったかもしれない。そう思えば、喧嘩を売るかのような態度も、納得できないではない。ただ、あの声が、作っただけのものとは思えなかったが。
「出来たら、連絡をよこすよ。」
イルカの気が抜けた事に影響されてか、同じように力を抜いたその言葉に頷いて、二人は立ち上がった。
「前金は?」
「試作が出来てからでいい。気に入らなけりゃ、金はいらん。」
鍛治師には鍛治師のプライドがある。そう言われているようで、イルカは頷いて頭を下げた。
イルカが武器を持っていないのは、それを置いてきたからだった。国を出る時、身に着けておくわけにもいかなかったせいで、最も大切なものを持って出られなかったのは、自業自得と言えばそれまでなのだが、あれと同じものを作れる鍛冶師が、凱華にいるとは思えなかった。
それでも、イルカが扱える武器はそれ以外にはなく、今更剣の訓練をしたところで、染み付いた動きが変えられるとは思わない。ならば、精度が劣るとしても、同じ形の武器を手に入れるしかないのかもしれないと思ったのだ。
「垓紫の武器なのか?」
「……他所では見ないと思います。」
垓紫でも、あまり見るものではないけれど。そう腹の中で答えを返し、イルカは店の外へ足を向けた。