サンジは、ちょっとおかしい。……違う。かなり、おかしい。
だって、半分血の繋がった弟に、仲のいい家族になりたいんじゃなくて、仲のいい恋人になりたいんだなんて言うのだから、おかしくなくてなんだって思うだろう。
今年のチョコは、じいさんじゃなくてサンジがくれて、お母さんがサンジに頼んだんだと思ってたら、サンジが俺にくれたんだって言う。バレンタインのチョコは、女が男に渡すものじゃないんだろうか、って思ってたら、サンジは、好きな人にプレゼントをする日なんだから、自分が渡してもおかしくないと言った。
そういう日だって言うなら、そうなんだろうかって思ったけど、じゃぁなんで今更って思った。
そうしたら、サンジは、正月に聞かされた話のせいで、俺が家を出て行ったら嫌だからと言った。本当は、もう少し後にしようと思ってたけど、待ってる間に俺がいなくなると困るって。
よくわからないが、そういう事には、心得るべき時期とかタイミングとかがあるらしい。世間一般的にそういうものなのか、サンジがそう思い込んでいるのかは定かじゃないが、サンジはそう考えている。
でも、そうは言いながら、サンジは今まで恋人もいて、今年のバレンタインデーだってデートの約束をしていたはずで、イマイチ、その辺の事情が俺にはよくわからない。
サンジにとって、恋人って言うのは、複数いておかしくないものなんだろうか、とも考えた。もしくは、男と女と一人ずつとか。
そう思ったら、ちょっとなんか腹が立って、最近、サンジに当たりが冷たくなってるのは事実。サンジは、なんだかいつも泣きそうな顏をしている。
そういう自分を振り返れば、サンジの事は好きなんだっていうのは間違いないし、気持ち悪いとか、冗談じゃないとかは思ってない。
サンジは、傍にいて当然の人間になってしまったし、今更、とりあげられるのは嫌だと思う。
「…………」
サンジの言い分は、正直、ちょっとわかり辛いけど、でも、嘘じゃないといいなぁと、思う程度には、期待してるんだと思う。
「……一番好きとか、二番目に好きとか、そういうのはわかんねぇ。俺は、好きか嫌いかどっちでもないかの違いしかわかんねぇから、その中で順番はつけられねぇ。」
ゾロは、困ったような顔で、空のマグカップを手の中で転がしながら、俯きがちにそうきり出した。
最近、必死に考えていてくれるのはわかっていたし、ちょっとぎこちないから、否定される覚悟は決めていたつもりだったけれど、いざ、あまり色好くない答えが返りそうになると、この場から逃げ出したくなる気持ちを抑えるのに必死になった。
ゾロは、暫く考え込んでから、勢いをつけて顔を上げると、俺をキッと見据えた。
本当に大切な事を話す時、ゾロは絶対に相手の目を見据える。嘘がない事を感じ取れと伝えるように、真直ぐな目で見据えるその潔さを俺は見習うようになった。10も年下のこの弟から学ぶ事は、思いのほか多かった。だから、今更遠のくのはとても惜しいと思う。
「でも、サンジは要る。」
言い切った言葉は、すぐには理解できなかった。ぽかんとゾロを見返すと、ゾロはちょっと考えるように間をあけて、口を開いた。
「一番好きとか、正直よくわかんねぇ。でも、サンジは好きだし、傍にいないと困ると思う。だから、サンジが俺の傍にいるのに、恋人じゃないと嫌だってなら、それでもいいけど、でも、それなら、俺一人じゃないと嫌だ。」
「…………ゾロ?」
俺は、白昼夢でも見ているんだろうかと、思った。俺は今、物凄く強烈な告白をされちゃいないだろうか。ゾロは、自分の言ってる事を、本当に理解しているだろうか。
「えっと……それは、オッケー、って事なんだよね?」
なんだかちょっと信じ難くて、確認に問いかければ、ゾロは自分の言い分が通じていないと思ったのか、困ったような顔をしてから、頷いた。
「……そうだな。」
「俺が、浮気したら、それでお終いって事だよね?」
「そう。」
ゾロは素直に頷いて、俺はそれが幻でも俺の勘違いでもない事に感謝した。
全然笑っていないし、とても、好意を示されているとは思えないくらいに緊迫した空気が漂ってはいるけれど、でも、それはゾロの性格だから当然の事かもしれないと思えば、嬉しさが急激に体中を駆け巡るような気分になる。
どうせなら、もっと柔らかく笑ってくれたらいいのに。と思った俺の前で、ゾロは子供の頃のように、にっこりと笑みを浮かべた。
「ゾロ!」
「あと、俺に、サンジよりもっと要る人間ができない限りな。」
ゾロに抱き着こうと立ち上がった俺は、笑顔からは想像できない程に冷静な声で、真直ぐ勢いつけて目の前に示された条件に固まった。
「………」
可愛い可愛い弟は、小さな頃から一筋縄ではいかない子供だったけど、大きくなってもやっぱり、簡単にどうこうできる相手ではないのだと、向いで笑う顔を見て、俺は思った。
「……心します。」