不審物の処理についていってから二日後、ジョーは、ソファに寝転び居間でテレビを見ていたジェットに声をかけた。
「ハインリヒって、どうしてここへ来たの?」
ジェットと同じく職のないジョーは、昼間は彼と話す事が多かった。この家で暮らす上での情報も、殆ど全てをジェットから教えられたと言っても過言ではない。
「どうしたんだ?突然。」
ジェットは驚いたように問い返し、ジョーはテーブルの椅子に腰を下ろして小さく息をついた。
「この間ついていった時が、まともに話をした初めてだったから、全然知らないと思って。………僕の時みたいに、誰かに拾われた?」
ジョーは、張々湖の店の裏に蹲っているところを、店を締めて出てきた張々湖に拾われたのだ。わけもわからずここへ連れてこられ、そしてなし崩し的にここで暮らすようになっていた。
「……まぁ…似たようなもんかな……」
ジェットはそう呟き、ハインリヒと初めて会った日の事を思い浮かべた。
どんよりと暗い雲で覆われた空の下、ジェット・リンクは買い物帰りの荷物を抱えて、家へと歩いていた。
彼の暮らす家では、現在6人が暮らしており、料理のできない彼は、食料買い出しの役目を受け持っていたのだが、今日に限って足となる車を同居人の一人に奪われ、その腕で荷物を運ぶほかにとる手はなかったのだ。
「……?」
向かう方向から足音が聞こえ、それより遠くで叫ぶ声が聞こえた事に、ジェットは辺りの様子を伺った。そして、右側の路地から駆け出してきた人影を避けようとして、荷物を取り落とした。
「すみません。」
慌てたようにその人物は転がった物を拾い集め、近付く足音に気付いたのか、ジェットの顔も見ずに慌てたように走り去っていった。
「……何だ……?」
銀色の髪の青年は、随分疲れているような様子で、走っていく足取りもあやし気なものだったが、明らかに、長い間追われているのだとわかるその様子とは違い、ちらりと見えたその目には、はっきりとした意志が見えた。
ジェットが彼が集めてくれたものを拾い上げた頃やっと、進む先から数人の男たちが現われ、ジェットを不審そうに見遣りながら、黙ってまた散っていった。
その様子に危険なものを感じたジェットは、軽く首を振って、家へ足を向け直した。
もう二度と会わないだろうと思った事が、少しだけ惜しいような気がした事を不思議に思ったジェットは小さくため息をついた。
「………発見……」
ぽつりと呟いたジェットの視線の先で、三日前に見たのと同じ服装の彼は、辺りを見回して足を止めた。
先日彼とすれ違った場所からは随分離れたそこで、また彼に会う事になるとはと、ジェットは車に荷物を放り込みながら、ぼんやりとその姿を眺めてしまった。
これは、保護すべきだろうと思うが、自分がいきなり近付いていっても彼は自分を信用するだろうかと疑問に思う。
そんな事を考えながらその様子を見ていると、彼はふと顔をあげてこちらを見た。視線が自分に向いたと確信した時、彼は驚いたような表情を浮かべ、そして何かに気付いたように後ろを振り返った。
駆け出そうとする彼を見て、ジェットは慌てて車に飛び乗ると、エンジンをかけ、周りの迷惑も考えずに通りを横に突っ切った。
「乗れ!」
後部座席のドアを開け、走り出した彼にそう叫び、ジェットは彼が躊躇うのを見て、腕を伸ばしてその体を引きずり込み、思いきりアクセルを踏んだ。
通りの角を曲がりしばらく走ってから後ろを確認したジェットは、買ってきた食料品に埋もれるように体を丸めているその姿に声をかける。
「信用ならないかもしれないけど、とりあえず、俺はあいつらとは関係ないし、あんたに危害を加える気もないし、身代金が目的の誘拐でもないから。」
その声に反応したように顔をあげた彼は、ぼんやりとジェットの様子を伺っているようだった。
「……この間、ぶつかった…」
記憶を辿って、自分がその顔を知っていた理由を思い出したのか、彼はそう言ってから、ゆっくりと息を吐いた。
「変な髪型した男…」
あんまりな言い分にもう一度ちらりと後ろを伺うと、彼は体を丸めたまま目を閉じていた。
「…………いっか…」
眠ってしまう程に疲れていたのか、眠っても大丈夫だと判断されたのかはわからないが、とりあえず今の暴言は忘れようと、ジェットは思った。それほどに、眠る彼に濃い疲労の色が見受けられたのだ。
ジェットが連れ帰った彼を見て、その時家にいたフランソワーズとグレートとジェロニモは驚いた表情を浮かべたが、ざっと状況を説明したジェットを怒る事はせず、開いた部屋を整え、医者を手配した。その間ジェットがした事と言えば、買ってきた食料を共同の部屋まで運び込んだ事だけだった。
それから2時間の後、昏々と眠り続けるその姿を見ながら、フランソワーズは打ち出した紙を持ってそれを読み上げていた。
「アルベルト・ハインリヒ。4ブロックの発破業者の従業員だけど、ここ数日は出社してないわ。ジェットの話と合わせると、その間逃げ回ってた事になるわね。」
「家族は?」
「ないわ。母親は半年前に死んでる。父親はもっと前ね。どちらも事故死だけど、あり得ない話じゃない。ただ、この父親が生きている間は、随分と住む場所を変えていたりして、その辺は不思議ね。」
「父親も、発破師?」
「ええ。」
職業柄、仕事を求めて移動するという事もあり得る話だが、この時代、わざわざ家を転々として生活する人間は少ない。逃げ回るにしても、情報は全て登録されるのだ。家を変える事にはあまり意味がない。
「犯罪歴もないし、親の身元もあやしいところなんてないわ。」
「ここの生まれ?」
「Dエリアよ。母親がわりといい家の出身みたい。父親の方は違うけど。」
「……ふぅん…」
話題にされている当人は、まるで起きる様子も見せない。怪我をしていたために医者に見せた時に、銃で撃たれたのではないだろうか。という意見を置いていかれている。
「最近、爆弾使った事件が多いけど、それと関係があるという線は?」
「それはなんとも言えないわ。捜査をうけてるという事実はないから、関係ないんじゃないか。ってくらいの話だけれど。」
フランソワーズは、情報を集めて売るという、俗に言うところの情報屋として生計を立てている。この家から出る事はあまりないが、それでも彼女は世界中の情報に詳しい。そして、それを仕事にするだけに、自分の提示する情報には誇りを持っているのだ。
「もう少し詳しく調べてくるわね。この父親の方が何か出てくるかもしれない。」
「じゃ、俺がここ見てるよ。」
ジェットは拾ってきた手前そう言い、部屋に集まっていた住人たちは頷いて部屋を出ていった。
「気をつけろよ。ばれてたらヤバいかもしれねぇからな。」
ジェットが彼をかっ攫っていったのは追跡者の目の前だったのだ。乗っていた車はガレージに放り込んで隠しているが、ここに入るのを見られていたら、そんなものは無意味なのだ。
「お前こそ、気を抜くんじゃないぞ。」
この家の住人であり、彼の雇い主であるグレートの言葉に、ジェットは軽く頷いて手を振った。
「……怒られなくてよかったけどさ……」
もしかして、大変なものを拾ってしまったのだろうかと、ぴくりとも動かずに眠る人を見ながら、ジェットはため息をついた。