選択



「ただいま。」
 丁度出かけていたジェットの代わりに、ハインリヒを迎えに言っていたジョーは、そう声を掛けて居間へ入り、テーブルで頭を突き付けているジェット、グレート、フランソワーズの3人の様子に首を傾げた。
「何か、あったのかい?」
 問い掛けつつそこへ近付くと、彼等は街の地図を開いて何かを探していることに気付いた。
「グレートのところに、破格の報酬の依頼が来てさ。その報酬がどんなものだか、調べてるんだよ。」
 それでどうして地図を開いているのだろうか、と更に首を傾げ、ジョーはソファの空き場所に腰を下ろした。地図で調べられる事ならば、端末で調べても同じではないだろうかと、ジョーは思う。フランソワーズもいる事だし、彼女にも調べられないような事なのだろうかという疑問も浮かぶ。
「あれ、ハインリヒは?」
 迎えに行った目的の人物が一緒でない事に気付いて、ジェットが問いかける。
「調べる事があるって、上がっていったよ。」
「そっか…」
 早く下りてこないかな。と、ジェットが小さくこぼし、他の二人もそれに同意するように頷いた。
「報酬って、何?」
「凄いのよ。Rエリアの、アルダンっていうマンション一つ。」
「一部屋じゃなくて、建物全部だって言うんだぜ。」
 問い掛けに答えたのは、依頼を受けた当人ではなく、フランソワーズとジェットだった。グレートの様子をと見れば、彼もそれを肯定するように頷いていた。
「そんなに難しい依頼なのかい?」
 マンション一つが幾らになるのかは知らないが、それを貸して賃貸料が取れるのならば、それは確かに凄い話になるのかもしれない。だが、それだけ差し出すからには、依頼内容もそれなりに大変なものだと考えるのが普通だろう。
「人探しなんだよ。…確かに、吾輩向きではない仕事ではあるんだがね……」
 グレートの仕事は探偵だが、彼はどちらかというと、素行調査や業務調査などを主とする仕事を手掛けている。探し物の依頼を全く請けないわけではないから、彼の元にその依頼が来てもおかしくないかもしれないのは確かだ。
「しかも、幾つもの探偵に依頼が出ているらしくてね。成功報酬だから、先を越されてしまうと、なかなか厳しいとも言える。」
「でもほら、ここに手足は沢山いるから。」
 ジェットが言い、フランソワーズもそれに頷いてジョーに視線を向けた。
 それは、僕も頭数のうちに入っていると言う事だね。と、ジョーは曖昧に笑みを浮かべて頷いた。
「ハインリヒは、最近、現場仕事だから、暫く使えないなぁ…」
 現場の仕事がないと、割合、休みを取りやすい体制でいるハインリヒは、最近は毎日どこかしらの現場に出ている。ここ数日は同じ現場にいるが、会社が請け負っている仕事が幾つかあるらしく、急ぎの仕事の方へ回されるかもしれないと、昨日の夕食の時に言っていた。そうなると、彼は遅くまで仕事をする事も増えてくるから、手を借りる事はできないだろう。
 そんな事を話していると、ドアの開く音がして、話題の人が姿を見せた。
「ジェット、お前、俺の地図を持っていっただろう?」
「ああ。借りてる。」
 そのやり取りを聞いて、ジョーは驚いて視線をさまよわせた。だが、目に入ったフランソワーズは、ジョーが何を驚いているのかわからないようで、余程自分の方を不思議そうに見返していた。
 ジョーは、ハインリヒが誰かを部屋に入れるのを見た事がなかった。向いの部屋に暮らしているから、彼の部屋に誰かが訪れるのを見た事はある。でも、彼等はいつも部屋の前で待たされているか、そこで話をしている。ジョーが部屋を訪れても、同じように対応される。
 だから、彼は誰もその部屋へ入れないのだと思っていたのだけれど、住人に無断で、ジェットはその部屋に入って、更に、部屋の物を持ち出す事が許されていると言うのは、驚き以外の何ものでもなかったのだ。
 それなのに、どうやらそれは、ここでは当然の事らしい。ハインリヒも、部屋にない物を持っていったのがジェットだと決めているし、ジェットがそれを謝らないという事は、それは別にどこもおかしくないという事で、ハインリヒにとって、ジェットは例外的対応をする人間だという事だ。
「現場変わったのか?」
「ああ。突然、作業が早まった現場があって、うちにも応援依頼が来たらしい。明日から行ってくれって。」
 ハインリヒはジェットの質問に答えて、テーブルまで歩いてくる。
 考えてみれば、ジェットがハインリヒの部屋の前で、待ちぼうけている姿は見た事がない。これまであまり気にした事がなかったけれど、二人はよく一緒にいる姿を見るし、ジェットの部屋をハインリヒが訪れているのも割とよく見る。これはやはり、彼等の関係は、他の人々との関係とは、どこか違うのだろうと考えるしかないのだと、ジョーはハインリヒの様子を見ながら思った。
「どこ?」
「Rエリアの、アルダンマンション。」
 ああ、ちょうど開いてるじゃないか。と、彼はテーブルの上の地図を見て言い、指で道を追って一つの建物の場所で指を止めた。
「ちょっと待った。それ、本当?」
 ハインリヒの指の示すその区画には、『アルダン』という名前と構造の説明が手書きで書込まれていた。
 ジェットが、わざわざこの地図を持ってきていたのは、その構造を調べる為だったのかと、ジョーは納得したが、仕事の報酬として示されているそこが、どうしてハインリヒの仕事場になり得るのだろうと、不思議に思った。
 ハインリヒの仕事は、発破師だと聞いている。トンネル発破だとか、ビルの発破だとか、それ程多くはないにしても、このコロニー内にも、それなりの仕事があるらしい。特に、最近はビルの発破解体が多いと、ニュースなどでも伝えられるのを聞いた事があった。
 そのハインリヒの仕事場だということは、当然、そこが壊されると言う事だ。だが、それでは話がおかしい。なくなるだろう物を、提示する事など、あるだろうか。
「ああ。…何かあるのか?」
 ジェットの問いの意味がわからないハインリヒは、怪訝そうに彼を見て、軽く頷いてから問い返した。
「……グレートの依頼の報酬が、そこなんだけど…」
 フランソワーズが答え、グレートに視線を移す。
「間違いじゃないのか?もう、随分前から作業は始まってるって話だぞ。」
 ハインリヒに問いかけられ、グレートは首を振って脇に置いてあった書類を差し出した。
「……それじゃぁ…騙されたんだろう。」
 あくまでも、自分の情報が正しいと信じるハインリヒは、あっさりとそう言って、彼等の希望を打ち砕いた。もちろん、彼が自分の情報を疑う理由など、あるわけはないし、多分、そちらの方が正しいのだろう。
「解体の日って、いつ?」
「2週間後だ。予定じゃ、1カ月後だったらしいが。」
 グレートの依頼書を見るハインリヒの手元を横から覗き込んで、ジョーはそこに書かれている依頼期限を確認した。
「依頼完了が2週間以内だったら、それは止められるって事よね?」
 フランソワーズが、望みを託すように問い掛けたが、ハインリヒは首を横に振った。
「止められるだろうが、もう穿孔が始まっていると言うから、止めたところで使い物にはならないと思うぞ。いっそ、壊してから建直した方がいいだろうが……これは、土地ももらえる話なのか?」
 難しい事はわからないとこぼして、ハインリヒはグレートに書類を返し、問い掛けた。
「……そこまでは書いていないが、この様子だと、入っていないかもしれないな……」
「建物だけ対象だと言うのならば、大損じゃないのか?工事の依頼料の支払いが誰になっているか知らないが、もし、その時の持ち主だという話なら、使い物にならない建物を壊す金を払わされた上に、自分の手元には何も残らない。」
 最悪のパターンを提示されて、彼等は更に項垂れた。
 ハインリヒは、こういう時に容赦がない。基本的に彼は、事態が悪い方へ転ぶ可能性をまっ先に指摘する人だが、ここまで言わなくてもいいんじゃないかと、それまでの彼等の浮かれ具合を見ていたジョーは、彼等が不憫になってきた。
「俺なら、乗らないな。こんな話は。」
「………その方が、賢明なようだな……」
 ハインリヒの言葉に打ちのめされて、グレートはそう呟き、同業者にも、その話を知らせると言って、肩を落として部屋を出ていった。
「………悪い事を言っただろうか……」
 その後ろ姿の寂しさに、やっと自分の発言の与えた衝撃に気付いたらしいハインリヒはそう呟き、ジェットは苦笑を浮かべてそれに首を振った。
「その事態に直面してから知ったんじゃなくて、良かったんじゃないかな……」
 でも、その楽しい想像に期待していたんだけど…と、ジェットは思い、フランソワーズも小さく首を振って苦笑を浮かべた。
「でも、どうして期日が早くなったの?」
「さぁ。他所の会社の話だから、そんな事情まではわからないが…」
「グレートのところへ依頼が来たのは今日で、その期日を早めたのも今日なんだろう?あやしくねぇ?」
 依頼の内容は、行方不明の少年の保護だった。詳しい内容までは書かれていなかったが、グレートには、その少年の詳しい様子などは話されている事だろう。
「まぁ、2週間以内にその子供が見つからなくては、金を払わせる事もできないわけだしな。」
 すっかり、工事費の支払いは所有者だと言う事を前提にされている事に、誰も違和感を感じず、彼等は首を傾げた。
「グレートなんて、個人探偵だからさ、報酬が大きければ飛びつくのは見えてるだろ?他の依頼相手もそんなだったらさ、酷い話じゃねぇの。自分は、マンション建てるくらい金持ちだってのに。」
 確かに、ジェットの言う通りだ。持っている者が、持っていない者に負債を押し付けると言うのは、とんでもなく失礼な話だ。それに、例えば支払いを押し付けないとしても、壊す事が決まっている物を餌にするというのは、更に失礼じゃないだろうか。
「嫌な感じよね。善良な人間騙すなんて。」
 ここにはハインリヒがいて、運良く彼のところに話が転がってきたから、この依頼がおかしいという事が彼等にはわかったが、どこか一つでも違っていたら、グレートは穴だらけでダイナマイトを仕掛けられたマンションを貰って、自分の手で爆破指令を出さなくてはいけなかったかもしれない。
「俺たちも、喜び損って感じだよな。」
「仕返ししかないわ。」
 フランソワーズの言葉に、彼等はぎょっとして彼女を見つめた。
「人を騙すって事が、どういう事態を招くのか、わからせてやるわ。」
 彼女のそんな様子を見るのが初めてだったジョーは、驚いて言葉を失い、久しぶりにその顔を見た二人は、黙ったまま、ガクガクと頷いて同意を示した。
「とりあえず、ハインリヒ、明日から情報収集よ。」
「……了解…」
 現場で、どうやって情報を集めろというのだろうと、心の中で反論を並べながら、ハインリヒは素直に頷き、小さくため息をついた。



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24を主張しようと必死になっているのがよく伺える、少年のお話。主役張ってる人と違う時なら、なんだかラブ〜な感じで書けるのだな。と、気付く。
赤ん坊、病院から帰らず。何故眠っているのか、理由を決めていないからです……

(2002.8.29)


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