「さっきの話だけどさ、やっぱり、戦争なんて、なくならないと思う?」
「……なくしたいと思ってる人間だけになれば、なくなるんじゃないかな。」
振り向きもせずに、ベッドの端に腰掛けたハインリヒはそう答えた。
「それって、きっと無理。ってこと?」
顔だけそちらに向けて、伏せたままでジェットは問い掛け、ハインリヒはそれに苦笑を浮かべた。
「きっとできる。って事さ。」
ハインリヒの言葉に、ジェットは驚いて半身を起こした。
「本気で言ってる?」
「言ってる。」
笑ってハインリヒは軽く伸びをして立ち上がった。
「あんたは、そう思ってるの?」
「思ってる。」
なんだか、答えがあまりに簡潔で、もしかして、心にもない事を言っているのではないかと、腕を引いて止めると、ハインリヒは苦笑を浮かべた。
「俺はね、そういう思想とは、まるで縁のない所で育ってきたんだよ。戦争をしたいとか、したくないとか、そんな事すら考えた事がなかった。」
「……アルベルト?」
「多分、世の中には、そういう人間の方が多いんだ。今のままで充分だ。これがずっと続けばいい。そう思ってるだけ。」
今が平和だと思っているのは間違いないだろう。
「これ以上悪くならなければいい。そう思ってる人もきっと多い。」
今が良くない事を知っているけれど、今以上に悪くなるくらいなら、このままでいた方がいい。消極的に平和を求める大勢の人々が溢れている。
「だから、意志の強い人間が勝つんだ。」
意志の弱い人間を動かす事のできる人間が、自分の思うように世界を進める。だから、圧倒的な力を持つ人間が、平和を望んで人の心を引き付けたら、きっと世の中は平和へ移動する。
でも、人の心がそれで変わるかどうかはわからない。それに感化される人は増えるだろう、でも、きっと、そんなに突然に、人の心は変わらない。
「でも、世界は変わると思ってる?」
「ゆっくり、ゆっくり、変わっていけばいいと思う。」
急激に変化するには、何か大きな事が起きなくてはならない。
自分が進んだ道のように、何か大きな事を起こされて変わるのは、多分、あまりいい事ではないのだと、ハインリヒは思っていた。
「……そういや、フランソワーズはあの赤ん坊の事は調べてるのか?」
すっかり皆で依頼の話にのめり込んでいるが、未だに目覚めない赤ん坊の事を心配するべきではないのだろうかと、ハインリヒはふと気付いた。
「ああ、なんかな、17歳って子供なら、一致する子供がいるんだってさ。」
「……依頼の内容も、そんなじゃなかったか?」
確か、歳は17歳、髪の色は青味がかった銀、目の色は青。そんな人相だったと記憶している。赤ん坊の目の色は、生憎わからない。寝ている瞼をこじ開けても、眠っている時の人間は目玉が表を向いていないそうだから、多分目の色はわからないだろうと、誰もそんな無茶はしなかったのだ。
「そうだったか?」
確認しに行こうか。と、ジェットは起き上がり、ハインリヒは軽く頷いて部屋を出る。
「いくら何でも、ずっと寝てるとは言っても、赤ん坊が17年も赤ん坊のままって事はないよな。」
「眠り姫は、何年も眠っていたけれど、歳はとっていなかったんじゃないか?」
ハインリヒの言い分がよくわからず、ジェットは首を傾げたが、そんな事もありだろうか。と思う。
考えてみれば、今や流行りの冷凍睡眠は、眠っている間の生体活動が停止している状態だとかで、何年眠っていても、歳はとらない。ならば、装置を使わずに冷凍睡眠と同じ状態になることができれば、歳をとらずに眠り続ける事は可能かもしれない。
「仮死状態って事なのか?」
「鼓動も少ないとかって、ジェロニモが言ってたな。」
病院で検査を受けた赤ん坊は、眠り続けている他は特に異常は見受けられないと判断されて、この家に帰って来ている。
その話を聞いた時、それが異常ではないのかという突っ込みは、彼にはできなかったのかと、フランソワーズは少し戸惑ったようにジョーに目をやって意見を求めていたが、彼は彼で家主に何も言えなかったらしく、結局それはそのまま済まされてしまったのを、ハインリヒは黙って眺めていたのだ。
「その探し人があの赤ん坊だって可能性はあるのかな。」
「確率は低いが、頭の隅に置いておいてもいいんじゃないか?」
ハインリヒの後を追って部屋を出たジェットは、階段を降りて3階の共同部屋を覗き、そこにグレートがいない事を確認すると、更に階段を降りた。
「そうだったら、ちょっと面白いよな。」
「それじゃ、グレートの奴は、ビルを一つもらえるな。」
「穴の開いてるビルを?」
笑いながらジェットがそう言えば、ハインリヒもそれに笑って応える。
「地下に宝が埋まってるかもしれない。」
「………だったら、まっ先に探しに行くぜ。俺は。」
瓦礫の中を突き進むジェットを想像して、ハインリヒは思わず吹き出した。
「そこで笑う?」
「危ないから、ちゃんとヘルメットかぶって行けよ。」
と言っても、瓦礫が重なった地面など、撤去作業が終わる迄は見えないのだから、まっ先に探しに行く事は不可能なのだけれど、と重いながら、ハインリヒは前を歩くジェットの頭をぽんぽん、と叩いた。
「あんた、俺の事ガキ扱いし過ぎ。」
「俺達だって、いつもヘルメットかぶって作業してるぜ?」
工事現場にヘルメットと安全靴は標準装備だ。いつ何処から何が落ちてくるかわからないし、自分が落ちないとも限らない。
「……俺が言ってんのは、そこじゃねぇよ。」
不機嫌を目一杯に表わした声は聞こえなかった振りをして、ハインリヒは目の前にある頭をもう一度、わしゃわしゃと撫でてやった。
軌道修正をはかっている感じです。お待たせしまくっております、救済シリーズ。必死にラブラブしているハインリヒさんとジェットさん。ハインリヒさんがジェットさんのお部屋にいる理由なんか、ちょっと想像してもらったらいいかしら〜とか。こういう、ベッドで転がってる人がいたら、ベッドの上で何かあったと思って下さいまし。
とりあえず、赤ん坊の話を落ち着けようかと。そろそろ起きろ。赤ん坊。(2003.7.10)